第13話 誕生日

「今日は…僕の誕生日なんだよ」

「バタバタして送れなかったよ…日付変わっちゃったね。ありがとう…産まれてきてくれて…ありがとう」

 僕の誕生日は昨日じゃない…だから日付は今日なんだよ…。

 ありがとう…産まれてきてくれて…なんのために産まれてきたのだろう。


 僕は、生きていたくなどない…。

 ツラいだけ…日々ツラいだけ…。


 誕生日…ひと目逢いたい…。

 呼べば逢える…けど…それは『N』ではない…『K』だ…。

 なんか…それが嫌なんだ…。


 名前など…なんの価値も無い…。

 彼女の本名に興味がなかったように…自分の名前すらどうでもいい。


「みんな知りたがるよ…桜雪ちゃんが珍しいんだけど…」


 そんなものなのだろうか…彼女の名前や住所…誕生日など知ってどうするのだろう…。

 プレゼントでもするつもりだろうか…そういう客もいるだろう。


 知ったら恋人にもなったつもりになるのだろうか…。

 僕はならない…ならなかった…。


 僕のほうがオカシイのだろうか…。

 嬉しいのだろうか…。


「好きな人のこと知りたいって思うのが普通じゃない」

 彼女は僕に言う。

「そういうものかな…」

 僕には、よく解らない。


 自分の誕生日…独りでいるのが寂しくなったのだろうか、僕は彼女の顔が見たくなった。

 その思いが時間の経過で大きく膨らんでいく。

 そして…

「これから呼んでもいい?」

 出勤している彼女にメールした。

「複雑だけど…」

 僕も正直、複雑な気持ちだった。


 ホテルで彼女を待つ…。

 不思議な感覚だ…。

「なんか…変な感じだね…」

 彼女は部屋に入るなりそんなことを言った。

「うん…どうしてもね…今日は顔が見たかったんだ…ゴメン」

「ううん…ありがとう…」


「今日は…仕事で来てるから…しないよ…」

「うん…それでいい」

 SEXはしなかった。

 昔のように、手でしてもらうだけ…。


「今日は、ゆっくりしてられないんだった…」

 彼女が言うと、タイマーが鳴る。

「嬢の腹時計だね…」

「腹時計?」

「そう…60分とか90分が感覚で解るの」

「あぁ…そういうこと…」

「嫌だね…身体に沁みついてるみたいで…」


 そんなことを言う彼女を抱きしめたくなる。


 ホテルは別々に出る。

 彼女は寂しそうに手を軽く振った…。

「次の客の所へ行くんだ…」

 そう思うと…切なくなる…。


 満たされたようで…喪失したような…そんな感覚のなかを漂う。

 近くて遠い…そんな想い人。

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