第6話 はじめて抱いた日
いつものように逢っていた…ホテルに入り…身体を預ける。
「もう逢わない…」
そう言わなければ…そんなことだけ考えていた。
もう高級な店にも連れていけない…逢う度に数万円を出費できるような身分じゃない。
「もう…僕に用はないだろう?」
金が無ければ用はない…それが現実。
「他の客を捕まえてくれ」
他の男に乗り換えればいい。
そんなことを言うたびに…彼女は否定した。
嬉しい反面…ツラかった。
僕だって一緒に居たいよ…でも…時間を金に還元しなければ、逢えないのはキミの事情だ。
解らなくなる…好きだよ…逢いたいよ…そういう言葉が僕を…。
僕は、キミにとってどういう存在なんだろう。
そんなことばかり考えていた。
そんな気持ちを抱えたまま…数か月が過ぎていた。
その夜は…彼女と離れたくなかった…。
ホテルのベッドに腰掛けたまま、僕は彼女を抱きしめた。
僕の気持ちを察したのだろう…初めて彼女は僕に身体を預けた。
「いつもは、そんな素振りもみせないのに…今日はどうしたの?」
「……うん…抱きたいって思った……愛してるから…」
「…うん……でも…ゆっくり進もうね、勢いで付き合って…ダメになるの嫌だから…ゆっくりだよ…桜雪ちゃんの気持ち…嬉しいよ」
近づいたのか…遠のいたのか…僕には解らなかった。
お金を払うことを止めた…ホテルにも行かなくなった。
食事をして、送るだけの関係。
やはり金が無ければ、こんなものなんだろう。
これ以上、彼女のことを想うことを止めよう…そう思っていた。
幾度か、そんな気持ちを伝えた、その度に彼女は嫌だと言った。
「連絡し続けるよ…返事が来るまで」
正直、本当に解らなくなっていた…。
なぜ…僕に拘るのだろう…便利だから?
僕の彼女だ。
そう言えないことが、やはり悔しい…。
幸せにしたいと思う…。
僕にその資格が無いならば…幸せになってほしいと思う。
彼女の重荷になりたくない…愛なんて、あやふやな感情で抱きしめたくない。
僕は、願いで彼女を抱きしめる。
「幸せになって…」
その想いだけで…そっと彼女の髪に触れる…それだけでいい…。
抱きたいと思うし…一晩中でも一緒にいたい。
でも…その想いは…彼女の重荷なんだ…。
僕といても…金にならない。
これは現実…。
綺麗ごとだけじゃ埋まらない現実。
「僕じゃ『N』を幸せに出来ない…逢うの止めようと思う…」
「桜雪ちゃんに幸せにしてほしいよ」
「約束はできない…けど…努力はしてみるよ」
職業がらとでもいうか…彼女は傷つくことが多い…強がるけど…本当は傷ついている。
僕は知っている。
だから…今は鎮痛剤でいい…彼女が僕といて安らぐのなら…それでいい…それだけでいい。
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