第66話 白石邸
私が住んでいるマンションの玄関の何倍か分からない、広い玄関を通り、リビングへ案内された。
そこはクラシカルな雰囲気のリビングで、白壁にオフホワイトの長いソファ、花や蔦の刺繍の施されたクッションに、内側がガラスになっている木のテーブル。
実際に使われているのか装飾なのか煉瓦で作られた大きな暖炉があって、細かい装飾の入った金の燭台や、白地に鮮やかな花柄の飾り皿が並べられている。
そして、目を引くのは、光の射し込む広く大きなガラス窓。その向こうに、夏らしく青々と生い茂る緑と、色とりどりの花々が咲く庭が見えた。
「今、お茶とお菓子を持ってくるわね」
そう言うと、彰さんのお母さんはキッチンへと向かっていく。
「素敵なお庭ですね!」
窓辺に立って広大な庭園を見ながら言うと、彰さんが微笑んだ。
「母の趣味が、花や庭でね。小まめに手入れをしているんだ。母が来る前は、広いだけの味気ない庭だったけど」
……ん?母が来る前って?
「母は特に薔薇が好きでね。母のおかげで、うちの庭を『薔薇庭園』なんて呼ぶ人達がいるくらいだよ」
確かに緑の中に、赤や白、オレンジ、ピンクと多彩な色合いの薔薇が見える。
そう言えば、リビングの壁一杯に大きな木製の書棚があって、そこに立てられた本の背表紙を見ると、薔薇や庭に関する物ばかりだ。
少しして、彰さんのお母さんが、トレイに花柄のティーカップのセットと、同じ柄のお皿に並べられたクッキーを乗せて戻ってくる。
ポットから注がれた紅茶はローズティーらしく、ティーカップを口元まで持っていくと、花の香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
ティータイムを楽しんだ後、彰さんのお母さんが言う。
「美奈子さん。良かったら庭を見ない?」
「はい、ぜひ」
美奈子さんが嬉しそうに答えた。
私と本宮君もせっかくだから見せてもらうことにする。
庭に入ると、夏の午後の日差しは、まだきつかったけど、植えられた木々や緑がそれを遮ってくれていた。いくつかの花々が咲く中、やっぱり薔薇が一番映えて美しい。
本宮君が薔薇の側に行き、指先でその花びらに触れていた。
庭の中央には噴水もあって、水音が清涼感を演出している。
「少し待っててね。すぐ戻るから」
不意に彰さんのお母さんは、そう言うとその場を立ち去った。
噴水の涼しげな音を聞きながら庭を眺めていると、彰さんのお母さんが戻ってくる。
その手には黄色い薔薇のブーケが握られていた。
「ちょっと早いけど、これ美奈子さんのために作ったの」
「え?」
美奈子さんは少し驚いた後、嬉しそうな表情を浮かべてブーケを受け取る。
「ありがとうございます!」
彼女が目を細めて、そのブーケの薔薇に触れた。
その瞬間。
「痛っ!」
触れた右手をブーケから離し、美奈子さんが顔を歪める。
よく見ると、右手の人差し指から一筋の赤い血が流れていた。
「あら、大丈夫?」
そんな彼女に彰さんのお母さんが言う。
「気をつけて。薔薇は綺麗だけど棘があるから」
「は、はい……」
右手をきゅっと握ると、美奈子さんは答えた。
ふと隣の本宮君を見ると、なぜか彰さんのお母さんを見つめている。
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