第64話 本宮君の異変

「もしかして、本宮さんからですか?」


スマホをバッグにしまっていると、恵さんが聞いてくる。


「うん、そう。今、違う依頼で、北野の近くに来てるんだって」


「そうなんですね」


「あ、美奈子さんは?」


「まだウエディングドレスを試着してます」


……美奈子さんには、幸せな結婚式を挙げて欲しいから、犯人を早く見つけてあげたい。


それで、あんなこと止めさせるんだ。


そう心に誓って、美奈子さん達のところに戻ると、先程とは、また違うドレス姿の彼女がいた。


今度は、ふわっとスカート部分が広がっていて、ところどころに純白の薔薇が散りばめられている。黒髪には、ティアラではなく、白と淡いグリーンの花飾りが施されていた。


「どのドレスを着ても似合うから、選ぶのが難しいな」


彰さんがそう言うと、美奈子さんも微笑んだ。


あんなことを知らなければ、仲むつまじいカップルなんだけど。


私は彰さんに視線を向ける。


彰さん。あんた、他にも女性問題抱えてないでしょうね?


疑惑の入り交じった細目で、彼を見つめた時。


「桜井」


振り向くと、本宮君が立っていた。


「本宮君、早かったね~!」


「さっき電話した時、新神戸駅の近くにいたから」


「ねぇ、本宮君。美奈子さんのウエディングドレス、すっごく素敵じゃない?私、もう見てるだけで……」


そこまで言いかけた時、私は彼の異変に気づいた。


「本宮君?」


少し離れたここからでも分かる。彼の顔は青ざめ、表情が強張っていた。


「どうしたの?」


側まで近づいて聞いたけど、本宮君は背を向けてしまう。


「本宮君……」


彼の目の前に回って、さらに驚いた。


彼は苦しそうに顔を歪めながら、胸の辺りを右手で押さえている。


「な、何!?どうしたの!?」


焦って呼び掛けると、本宮君が浅い息をしていることに気づいた。


(もしかして、何かの発作……!?)


高校の頃、彼が何か持病を持っているという話は聞いたことがない。


だけど、大人になってから新たに何かの病気になることもあるかもしれないし……。


「本宮君、何か薬持ってる!?」


持病なら、常備薬があるかもしれない。


だけど、私の言葉に彼は無言で首を横に振った。


「じゃあ、救急車とか呼ぶ!?」


それにも、無言で首を横に振る。


「あの、どうかしたんですか……?」


何か様子がおかしいと思った恵さんが、こちらに向かって近づいてきた。


「それが、本宮君が発……」


言いかけた私の言葉を遮るように、本宮君が恵さんに言う。


「だ……いじょうぶ……」


浅い息の合間に、掠れた声が聞こえた。


大丈夫って……全然そんな風に見えないけど!?


そう答えた後、本宮君は胸を押さえたまま、部屋を出ていく。


私も慌てて彼の後を追った。辛そうな彼に肩を貸す。建物の外に出て、庭園にあるベンチに、ゆっくりと彼を座らせた。


「……っ」


発作がまだ止まないようで、変わらず胸を押さえたまま、浅く荒い呼吸を繰り返す本宮君。


(薬もないし、医者にもかからないって言うし。一体どうすれば……!)


前髪のかかった彼の額から、汗の滴が流れ落ちている。息苦しそうな本宮君を見ていて、ふと思った。


(これって、もしかして……過呼吸?)


実は前の職場の女性で、過呼吸の発作を起こす人がいた。何かの病気ですかと聞くと、過度のストレスがかかった時に、この発作が起こるのよ、やっかいよねと苦笑していたのを思い出す。


今、本宮君が起こしているのがストレスによる過呼吸だとしたら……一体、何にそんなにもストレスを感じたの?


さっきのあの状況で、特にストレスを感じさせるようなものなんて、何も思い当たらないのに……。


でも、原因が何であれ、本宮君は変わらず青白い顔をして、額からは汗が流れ落ちている。


代われるなら、代わってあげたい……。好きな人の苦しむ姿は切ない。


次の瞬間、私は自分でも驚く行動をする。


「大丈夫だよ、本宮君……」


そう言って、私は彼を胸に抱き締めた。


「大丈夫、大丈夫……」


落ち着かせるように、ゆっくりと言葉をかける。


もしも、心理的なものならば……気持ちさえ落ち着けば、きっと発作は収まるはず。肩で息をする本宮君を私は優しく抱き締め続けた。


数分経って、不意に彼の腕が私の肩に伸びる。


「もう……収まったから」


そう言った後、本宮君の体がゆっくりと離れていった。


お互いの視線が合って、改めて自分がした行動を考えて、思わず顔が熱くなる。


「ありがとう」


「え……う、うん」


私がそう答えた時、建物の中から恵さんと彰さんが出て来た。

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