第59話 脅迫状とフィアンセ

少しして、店内に戻ってきた彼女の手には、いくつかの郵便物が握られていた。たぶんポストから取ってきたのだろう。


「あら?」


一通の白い封筒を手にした美奈子さんが呟いた。


「この手紙、差出人が書かれてないわ」


彼女は細い指先で、その封筒を開けると、中から便箋を取り出す。


「……!」


すると、美奈子さんの表情が青ざめた。


「美奈ちゃん、どうしたの?」


異変に気付いた恵さんが、彼女に近づく。


「……だ、大丈夫よ。ちょっと、暑くてクラッとしただけ」


そう答えた美奈子さんの手から、するりと手紙が床に落ちた。


「えっ!?」


その広げられた手紙を見た恵さんも、驚いた表情を浮かべる。


「どうしたんですか?」


私と本宮君も席を立って、彼女達の所へ行ってみた。


床に落ちた手紙には、雑誌や新聞紙から切り抜いた文字が貼られている。


その内容は……。


『結婚を取り止めなければ、花嫁に災いが降りかかるだろう』


何よ、これ……。一種の脅迫じゃない!


「美奈ちゃん、これは……」


恵さんが青ざめた顔で、美奈子さんを見つめる。


「誰か、心当たりとかないですか!?」


私の言葉に、美奈子さんは首を横に振った。


「わかりません……。実は最近、無言電話もお店にかかってきたりして……」


それって、完全な嫌がらせじゃない!?


「いつから始まったのですか?」


本宮君が冷静に聞く。


「恋人のあきらさんと婚約した頃からです……」


震える声で、美奈子さんが答えた。


「嫌がらせが始まった時期と、この手紙の内容からして、美奈子さんの結婚が、何か不都合な人物には間違いないですね」


本宮君がそう言った時、庭の方から、誰かがお店に向かって歩いて来るのが見える。


「彰さん」


彼を見つけた美奈子さんが言った。


と言うことは、あれが美奈子さんのフィアンセか。すらりとした長身に、やや長めの茶髪。サングラスをかけ、黒地に白のストライプのワイシャツを着ている。


「あ、あの、彰さんには、この手紙のことや電話のことを言わないでください……」


美奈子さんが、私達だけに聞こえるような小声で言った。彼は庭を抜けて、店内に入ってくる。


「どうしたの、彰さん、突然ね」


美奈子さんは、さっきの手紙をそっとエプロンに隠すと言った。


彼はサングラスを外すと、ワイシャツにかける。彰さんは、いかにも女性にモテそうな甘い顔立ちの男性だった。


「この近くに用事があってね。不意に君に会いたくなったから来てしまったよ」


彼の言葉に、美奈子さんが嬉しそうに微笑む。


「そちらの方々は?」


彰さんが、私達に視線を向けながら言った。


「こちらは、本宮忍さんと桜井梨央さん。メグちゃんのお友達なの」


「恵ちゃんの知り合いか。じゃあ、僕達の結婚式には、ぜひ招待しないとね」


「彰さん、お茶を入れましょうか?」


「ああ、頼むよ。いつものアールグレイでね」


彰さんの言葉に、美奈子さんは店の奥へ向かった。


と、不意にクラシックの着信音が鳴り響く。彰さんがスマホを取り出し、画面を確認すると言った。


「……仕事の電話なので、少し失礼するよ」


そう断ると、彼は庭へと移動する。

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