第58話 スイーツ女子
「恵さん、久しぶりね」
テーブルの向かいに座る恵さんに言った。
「来てくれて嬉しいです。私も美奈ちゃんのお店に来るのは久しぶりで」
恵さんが笑って言うのを聞いた後、私は改めて店内を見回した。
「それにしても、素敵なお店ですよね。このお店は、美奈子さん一人でされてるんですか?」
私が聞くと、恵さんが頷く。
「はい。美奈ちゃんの両親……つまり、私の叔父と叔母が亡くなってから、美奈ちゃん一人で切り盛りしてるんです。あ、でも、もう少ししたら一人じゃなくなるかもしれないですけど」
恵さんの言葉に、私は首を傾げた。
「それって、どういう意味?」
「実は美奈ちゃん、近々結婚する予定なんです」
「え……結婚するんですか!」
「はい」
恵さんが、自分のことのように嬉しそうに言う。
「美奈ちゃんの結婚相手の条件が、両親から引き継いだ、このお店を結婚してからも続けさせてくれる人だったんですけど。その相手の方もレストランを経営しているから理解があって、お店を続けても構わないって言ってくれてるんです」
「へぇ、いい彼氏さんなんですね」
「はい。美奈ちゃんとは、子供の頃から、すごく仲が良くて、まるで姉妹みたいって言われてたんです。私は、あんなことになっちゃったし……。だから、余計に美奈ちゃんには幸せになって欲しいって、思ってるんです」
私は、恵さんの言葉を複雑な思いで聞いていた。
恵さんは、数ヵ月前、うちの探偵事務所に依頼に来て、調査の結果、ご主人が事件の犯人であることが分かってしまったのだ。
「お待たせしました」
ちょっとだけ、しんみりしてるところに、優しい声が響いてくる。トレイを持った美奈子さんが、ケーキと飲み物を運んできた。
「わぁ~」
目の前に置かれたケーキに、思わず声をあげる。白い実にほんのりピンク色をした白桃が、タルト生地に、たっぷり乗せられていた。
「じゃあ、メグちゃんは紅茶のシフォンね」
美奈子さんはそう言うと、生クリームの添えられたシフォンケーキを恵さんの前に置く。
「わぁ~、ありがとう!」
そう言った恵さんに、優しげな視線を送った後、美奈子さんが言った。
「皆さん、ゆっくりとティータイムを楽しんでくださいね。私は仕事に戻りますけど、ランチタイムが終わる頃、おしゃべりに来ますから」
そう言うと、美奈子さんは、店の奥へ戻っていく。
「じゃあ、早速頂きまーす」
私は、桃のタルトを一口食べた。
「美味しい~!」
思わず声をあげると、目の前の恵さんが微笑む。
「桜井さんって、ほんとに幸せそうにスイーツを食べますね。何だか可愛いなぁ」
不意に可愛いなんて言われて、嬉しいけど照れる私。
なのに、隣から余計な一言が。
「スイーツだけじゃなくて、食べ物全般ね」
優雅にガトーショコラを口に運びながら、本宮君が言った。
何よっ。それって、単に私の食い意地が張ってるってだけじゃないのよっ。
「本宮君、その一言余計だから!」
私達のやりとりを聞いていた恵さんが、クスリと笑った。
「本宮さんって、私とかには優しいのに、桜井さんには、ちょっとイジワルなんですね」
恵さんの一言が、心にグサッとささる。
「それだけ仲がいいってことですね」
……そりゃあ、仲がいいと言えば、そうかもしれないけどさ。
その後も、ケーキとお茶を楽しみながら三人で話していると、美奈子さんが私達のテーブルに来て言った。
「そろそろ、お客さんの波も引いたので、もう少ししたら行きますね」
彼女はそう言うと、お店のドアを開け、庭に出て行く。
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