第36話 宿泊客
夕陽を見た後、吉備家に帰って、部屋に戻ろうと渡り廊下を歩いていると、向こうから、明るい茶髪、こんがり焼けた肌の10代後半くらいの男女が歩いて来るのが見える。男の子の方は、長いサーフボードを持っていた。
「あれって……」
吉備家の長男なんじゃ?
この家で、あの年齢の男の子って、彼しか思い浮かばない。
「海の波、ハンパねー!」
「だよね~!」
すれ違い様に、彼らの会話が聞こえる。
……なんだか、ずいぶん今時の子だな。島の名家の子って感じしないけど、今は、みんな、こんな感じなのかな?
そんなことを心で呟くと、今度は麻子さんの姿が見えた。
「お帰りなさいませ、本宮様、桜井様」
「あの、麻子さん。今、すれ違ったのが、吉備雅明さんですよね?」
私が聞くと、麻子さんが慌てて答えた。
「いえ、違います……あれは宿泊されている
「え、宿泊?」
「私が説明不足でした。申し訳ありません……。実は、この吉備家は、空いたお部屋を使って、宿泊所を経営しておりまして」
旅館業もやってたんだ!
「全然、分かんなかったです」
「ええ。旅館と言いましても、ほんの数部屋、貸し出しているだけですので」
「そうだったんですね!あ、さっきの二人以外にも、泊まっている人っているんですか?」
麻子さんが頷いた。
「はい、もう一人いらっしゃいます。フリーライターの
「では、武本竜二、佐々木麗奈、上原樹……この三名が、吉備家に宿泊している人物なんですね?」
「はい、そうです」
本宮君の確認に、麻子さんが答える。
「ところで、宝物庫から弓矢と鬼面が持ち去られた時、彼らは宿泊していましたか?」
本宮君が、さりげなく聞き込んだ。
「はい、いらっしゃいました。宝物庫の物が盗られたのは、今から二日前。その時、三名様とも宿泊されていました」
「そうですか」
「本宮様、桜井様。もうすぐお夕食の時間です。この廊下を真っ直ぐ行って、突き当たりを右に曲がると、食堂がございます。そこにお越しくださいませ」
「はい」
「それから、温泉浴場は、この廊下を真っ直ぐ行って左になります」
「分かりました。ありがとうございます」
「それでは、失礼します」
麻子さんは、礼儀正しくお辞儀をすると去っていった。
「夕飯まで時間あるから、温泉入って来ようよ」
「そうね」
私達は一度部屋に戻ると、浴衣やタオルを持って温泉へと向かう。
30分程、温泉に浸かった後、浴衣に着替えた私と本宮君は食堂へ行った。
「わぁ~美味しそう!」
テーブルに並べられているのは、鯛や明石だこの刺身、焼き穴子、鳴門のわかめのお吸い物に、鯛飯など、豪華なメニューばかり。
席に着いてから食堂を見回すと、さっき廊下ですれ違った、武本 竜二、佐々木 麗奈がいた。
そして、もう一人、初めて見る人物がテーブルに座っている。
「あれが、上原樹ね」
本宮君が、小声で言った。
上原樹は眼鏡をかけていて、優しげで物静かな雰囲気の男性に見える。
「フリーライターって言ってたから、この島の取材に来てるのかな?」
そんなことを言ってると、どこからか騒がしい音楽が聴こえてくるのに気づいた。
「ねぇ、本宮君。なんか音楽うるさくない?」
「アレじゃない?」
そう言って、本宮君が視線で何かを指す。
向こうのテーブルをよく見ると、武本竜二の両耳にイヤフォンが刺さっていた。
何で、これから、ご飯食べるのに、音楽聞いてんの?しかも、ハードロックな感じだから、余計うるさい。
そこへ、麻子さんが、トレイに鍋を乗せて、食堂に入って来た。
「こちらは、海鮮鍋となっております。今、火をお点けしますね」
彼女は本宮君と私のところに、それぞれ小降りの黒い鍋を置くと、火を点けてくれる。
次に上原樹のテーブルに回ると、最後に、武本竜二達のテーブルに行った。
「お客様。他のお客様のご迷惑になりますので、音楽を聴くのはお止めください」
麻子さんが、きっぱりと言う。
「はぁ~?」
武本竜二が、麻子さんを睨んだ。
でも、麻子さんは一歩も引かない。
「申し訳ありませんが、お止めください」
「……」
少しの間、真っ直ぐ視線をぶつけ合っていた二人だったけど、武本竜二の方が根負けした。
「口うるささ、ハンパねーな!」
そう悪態をつくと、耳から乱暴にイヤフォンを抜き取る。
(ハンパないのは、アンタの音楽のボリュームだよっ!)
そう言ってやりたかったが、せっかく静かになった食堂で、それもどうかと思うので、心の中だけで我慢した。
「さぁ、冷めないうちに食べましょ」
本宮君に言われて、私は気を取り直すと、海の幸に箸を伸ばす。
「美味しい~!」
一口食べて、思わず声を上げた。小料理屋わだつみの料理も美味しかったけど、この吉備家の料理も絶品だ。
新鮮な魚介料理を堪能した後、私達は部屋に戻る。
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