第34話 散策とマッチョ店長
「もうすぐ吉備家の邸宅に着きます」
麻子さんがそう告げると、私達を乗せた車は、程なく吉備家に到着する。
車の外に降りると、広大な庭に驚いた。
「わぁ、すごい庭ですね!」
庭のあちこちに夏の花々が咲き、朱塗りの太鼓橋を渡した滝まで流れる池。池には、白い睡蓮が浮かんでいる。向こうには、青々とした竹林も見えた。
「どうぞ、こちらへ」
麻子さんの声に、彼女に続いて、庭石を踏みながら屋敷の方へと歩いていく。広い玄関を抜けて、私達は離れのような場所に案内された。
「本宮様と桜井様には、滞在中こちらのお部屋を使って頂きます」
そう言って通されたのは、今まで泊まったことのないような広い和室。
「窓からは海が一望できる、見晴らしの良いお部屋でございます」
麻子さんの言葉に、窓際に行って窓の向こうを見てみた。
「わぁ~ほんとだ!綺麗な眺め!」
部屋の窓からは、青い空と、青く波立つ瀬戸内海が見える。
「夕食は、夜6時となっております。それでは、私は一度失礼させて頂きます」
麻子さんは礼儀正しく、畳に両手を付いて頭を下げると部屋を出ていった。
「ほんとにいい島だね~!」
私は窓辺から、海の景色を見ながら言う。
「そうねぇ」
テーブルに置かれていたお茶を入れながら、本宮君が答えた。
「少しだけ休んだら、調査を兼ねて、島を散策してみましょうか?」
「賛成!」
「ほら、お茶が入ったわよ。お菓子もあるし、とりあえず食べましょ」
本宮君の言葉に、私は窓を離れると、テーブルの方へと移動した。
部屋で30分程、二人で休んで、吉備家を後にすると、私達は島に繰り出した。自然に囲まれた、ゆったりとした土地で、普段、雑多な繁華街にある職場とは正反対の開放感に、心が癒される。
「島のスポットを巡ってみましょうか?」
本宮君の言葉に、二人で、のんびりと道を歩いていった。
「石垣が結構あるね」
町を歩き始めると、石を積み上げた石垣が多くある。
「これは、オーテって言って、冬の季節風から家を守るための物なのよ」
「へぇ~、そうなんだ」
石を手で触れてみた。
少し歩いていくと、木造造りの小さなお店が見えてくる。看板には「わだつみ」と書かれていた。
「わだつみって、どういう意味かなぁ?」
私の呟きに、本宮君が答える。
「わだつみっていうのは、漢字だと『海神』と書くの。つまり、海の神様ってことよ」
「なるほど、そうなんだ」
「そろそろ1時になるし、あのお店入ってみない?」
「うん!」
私と本宮君は、そのお店に入っていった。
「らっしゃい!!」
お店に足を踏み入れた途端、やたら威勢のいい声が店内に響き渡る。見ると、身長が180センチはあるかという、マッチョな焼けた肌の男がこちらに近づいてきた。
(うわ……っ!すっごい筋肉!)
同じ人間とは思えないほどの屈強な体つきに、ビックリする。例えるなら、この島の伝説の鬼みたいだ。
そして、私達をテーブルに案内すると、マッチョは言った。
「アンタ達、予約は入れてるかい!?」
「えっと、もしかして、ここって予約制ですか?」
「ああ、そうだ!!」
至近距離にも関わらず、相変わらず声がデカイ。
「しかし……」
そこまで言って、マッチョは、私達をじっと覗き込んでくると言った。
「アンタ、べっぴんだから、特別に、こしらえてやるよ!!」
「……えっ」
不意の誉め言葉に、私は恥ずかしくなって、顔を両手で挟む。
「べ、べっぴんだなんて、そんなぁっ」
すると、マッチョは本宮君の顔を間近で見ながら言った。
「アンタ、ほんとに、べっぴんだよ!!乙姫にも劣らないぜ!!」
……ええええ~!?べっぴんって、私じゃなくて本宮君のことぉぉ!?
マッチョの衝撃的な発言に、私はのけ反る。
「オススメは、『気まぐれシェフの海の幸御膳』だ!!」
「……じゃあ、それで」
マッチョの熱気とは正反対の冷静な声で、本宮君が即答した。
「えぇ~、気まぐれ二丁!!」
そう叫びながら、マッチョはカウンターの向こうに入っていく。
そして、そのまま魚を捌き始めた。
(え?気まぐれシェフって、自分のこと?)
いろいろ衝撃的なお店だ。
そんな衝撃から40分程経って、やっとテーブルに料理が並べられる。
「わぁ~美味しそう!」
並んだ料理は海の幸満載で、都会では考えられないくらい豪華だ。
「当ったりめーよ!!この腕に狂いはねーよ!!」
そう言って、マッチョが自分の太腕をパンパン!!と勢いよく叩く。いろいろ突っ込みたいところはあるけど、確かに料理の腕だけは信じていいかもしれない。
新鮮な刺身や、魚の煮付け、貝の味噌汁などを堪能すると、私達は店を後にする。
「また来てくれよな!!」
帰り際に、そう言って繰り出されたマッチョの熱いウインクは、明らかに私ではなく本宮君に向けられていた。
「……本宮君」
「なあに?」
「さっきのマッ……じゃなかった、店長ってさ。本宮君のこと狙ってなかった?」
私の質問に、本宮君はあっさりと答える。
「全然タイプじゃない」
その言葉を聞いて、何となく安心する私だった。
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