第25話 不自然な案内

「芹沢君。一つだけ聞きたいことがあります」


「……?」


芹沢さんが、こんな時に何なんだといった顔をした。


「さっき、そのご夫人を化粧室に案内する時、なぜBデッキの方を案内したのですか?」


「な、何を言ってるんですか!?こんな時に!」


「Cデッキにも化粧室はあったはずです。なのに、わざわざBデッキの方へ君は案内した。なぜですか?」


本宮君の唐突な質問に、芹沢さんが、どこか焦りを滲ませながら答える。


「そ、それは……階段の近くだったんで、その方が近いかと思って!」


「そんな風に、杖をついているお客様をですか?」


確かに、この夫人は足が悪そうだ。わざわざ階段を上らなきゃいけないBデッキの化粧室を案内するのは不自然だ。


だけど、今そんなこと、どうでも良くない?


そう思った私だったが、次の本宮君の言葉に驚く。


「君が、わざわざBデッキの化粧室を案内した理由。それは……Cデッキの真下のDデッキで、爆発が起こるのを知っていたから。だから安全のために、Dデッキから、より離れたBデッキに連れて行ったのではありませんか?」


……えっ!そ、そんな……!?


芹沢さんが、船内で爆発があるのを知っていた……!?


「おかしいのは、それだけじゃない。さっき『爆発が起きたのは、どこか?』と聞いた時に、君は迷わずDデッキと答えた。なぜ、そんな爆発の起こった場所を特定出来たのですか?」


次々に指摘してくる本宮君の冷静な質問を浴びて、芹沢さんの表情に動揺が走る。


「そ、それは……何となく、そう思っただけで!と、とにかく、早く……早く逃げてください……っ!!」


切羽詰まったような芹沢さんの声に、何か胸騒ぎを覚えた、その時だった。


ドオォォォォォォ……ン!!


二回目の爆発音が、船内に響き渡った。


「きゃあぁぁぁ……!」


船体が大きく揺れて、芹沢さんの隣にいた老夫人が、思わず芹沢さんにしがみつく。そんな老夫人を庇うように、芹沢さんは彼女の肩を抱いた。


「本宮さん!とにかく、Aデッキに戻ってください……!」


芹沢さんはそう言うと、老夫人の手を引きながら、再び螺旋階段を上って行く。


その姿を見ながら、私も本宮君に言った。


「本宮君、芹沢さんの言う通りだよ!これ以上、下に下りるのは危険すぎるよ!」


そう言った後に、私は大切なことを忘れていたのに気づく。


「ねぇ、本宮君!私、大事なこと伝え忘れてたよ!田所賢也が乗船する時に持っていた紙袋が、いつの間にか無くなってたの……!」


「紙袋?」


「そう、白い紙袋!その中に爆弾が入れられてたんじゃないかな!?」


私の言葉に、一瞬、本宮君が何か考え込むように黙った。


そして、一言。


「マズイな……」


「え?マズイって、やっぱり、田所賢也が爆弾を仕掛けた犯人ってこと!?」


「違う、そうじゃない…!でも、今、説明してる暇がない……!!」


そう言うと、本宮君は、また螺旋階段を下りようとする。


「本宮君!待ってよ……!」


彼の後を追い掛けると、本宮君が、こちらを振り返った。


それから、私の両肩に手を置き、真正面から私の目を見つめる。


「梨央」


突然、下の名前で呼ばれて、胸が小さく鳴った。


「頼むから、Aデッキに戻ってくれ」


今まで見たことのないような、真剣な眼差しだった。


「必ず戻ってくるから、信じて待っててくれ」


「……」


いろいろ聞きたいことも、言いたいこともあった。


だけど。


今、私は待つべきなんだ……そう思った。


「……分かったよ。上で待ってるから」


私がそう言うと、本宮君は安心したように少しだけ微笑んだ後、階段を駆け下りて行った。


私は、その背中をまだ追いかけたい気持ちを必死に押さえて、階段を上へと上って行く。


ただ、彼が無事に戻って来てくれることを信じて……。

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