第26話 深刻化する事態
階段を上りAデッキまで戻ると、外のデッキに繋がるドアを開けた。夜の闇に吹く潮風が、髪を激しく巻き上げる。
「桜井さん……!」
声がした方を見ると、芹沢さんが私の方に近づいてくるのが見えた。
「本宮さんは?」
「……」
私は、何も答えることが出来ない。
芹沢さんは、一瞬顔を歪めた後、手にしていた物を私に渡してきた。
「桜井さん。念のため、これを着用してください」
そう言って渡されたのは、オレンジ色のライフジャケット。
「今起こっている爆発で、火災が起きたり、船が浸水した場合に必要になるかもしれません」
芹沢さんの言葉に、デッキにいる周りの乗客達を見てみると、みんな、このライフジャケットを身につけ始めている。
(こんなことになるなんて……)
改めて、事の大きさに胸が痛んだ。
他の乗客にもライフジャケットを渡すために、私から離れかけた芹沢さんの背中を呼び止める。
「芹沢さん」
「はい」
彼が振り向いた。
「もう一つ、ください」
「……え?」
「戻って来る本宮君の分が、欲しいんです」
「……」
一瞬、芹沢さんは複雑な表情を浮かべた後、持っていたライフジャケットの一つを私に手渡した。
「ありがとう」
「……あの、桜井さん」
「はい?」
聞き返す私に、芹沢さんは黙りこむ。
何か伝えたそうなのに、その先の言葉が出てこない。
ふと見ると、彼の握られた拳が震えている。
(芹沢さん……?)
少しの間、沈黙が続いた後、彼は小さな声で言った。
「……何でもありません」
それだけ言うと、芹沢さんは、乗客達にライフジャケットを配るため私の元を去っていく。
(芹沢さん……)
あなたは、一体何を言おうとしていたの?
不意に、さっき言っていた本宮君の言葉が、頭を過る。
芹沢さん……もしかして、あなたは、本宮君が言ったように爆発が起きるのを知っていた?
なぜ……?
たくさんの乗客が、ひしめくデッキでライフジャケットを配る芹沢さんを見つめる。
その時だった。
ドオォォォォォォ……ン!!
三回目の爆発音が鳴り響く。
そして、船体が大きく揺れた。
「きゃあぁぁぁ……!」
「まただ……!また、爆発が起こった!」
「どうなってるんだ、一体!?」
外のデッキにいる乗客達が、パニックに陥る。
「もう、嫌……!」
「ここから降ろしてよ!!」
乗客達の間から、不安や恐怖の叫び声が上がった。
「落ち着いて!みなさん、落ち着いてください……!!」
芹沢さんを含むクルー達が、乗客達をなだめる。
その時、船内と外のデッキを繋ぐドアが開いた。
(本宮君!?)
そう思ったけど……開いたドアの向こうに立っていたのは、紺色の制服姿の三谷船長だった。
「皆様。私は、クイーンメリー号の船長、三谷友行と申します」
三谷船長は礼儀正しく帽子を取ると、頭を下げる。
落ち着いた三谷船長の態度に、パニックになっていた乗客達が静かになった。
「皆様にお伝えすることがあります。爆発が起きたのはDデッキのホール内です。そして、この度重なる爆発により、Dデッキで火災が発生し、火が徐々に拡大しております」
乗客達の間に、緊張が走る。
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