第23話 私を守る腕

「あの、お客様!」


私は思わず、田所賢也に呼びかけた。いきなり声をかけられて、彼が驚いた顔をして、こちらを見てくる。


「乗船の際に、紙袋をお持ちでしたよね?」


そう言って私が迫ると、田所賢也の顔色が変わった。


「何だ、いきなり!そんなの持ってねーよ!」


「嘘!白い袋持ってたじゃない!」


「うっせーな!だから、持ってねーって言ってんだろ!?」


田所は凄い形相で怒鳴ると、いきなり私の腕を荒々しくつかみ上げた。


「痛っ……!」


容赦ない力に、私が顔を歪ませた、その時。


「お客様。乱暴はお止めください」


凛とした声が響いてきたかと思うと、私をつかんでいた田所賢也の腕が、ぐいっと引き離される。


見上げると、そこには制服姿の本宮君が立っていた。


「本宮君!」


そう言うと、本宮君は真剣な眼差しで、私を見て言う。


「何かあったら呼べって言ったのに……危ないでしょ!」


「……ご、ごめん」


本宮君の怒った口調に、小さい声で謝った。


「お客様には、クルーズが終わるまで、控え室でお待ち頂きます」


そう言うと、本宮君は、田所賢也の腕をつかんだまま彼を引っ張っていく。


「いってーな!離せよ……!!」


激しく抵抗する田所賢也だったが、本宮君の腕は彼をつかんだまま離さない。


その力強さを見て……例えオネエでも、やっぱり男の人なんだって、本宮君のことをあらためて思った。


一番怪しかった田所賢也も控え室に連行されて、船内は元の静かさを取り戻す。


「これで、もう何も起きない、かな……?」


結局、あの爆破予告は何だったんだろう?


そう思いながら、私はまたCデッキのエントランスに戻った。


すると、近くで不意に声をかけられる。


「あの、すみません」


声の方に視線を向けると、70代くらいの老夫人が立っていた。


「はい。どうかされましたか?」


「お手洗いは、どこでしょうか?」


「お手洗いですか?えーっと……」


どっちだったっけ?


エントランスの右側の廊下と左側の廊下を見回していると。


「どうかされましたか?」


廊下の向こうから、芹沢さんが、こちらに来るのが見えた。


「お手洗いは、どこでしょうか?」


「ご案内いたします」


芹沢さんは、夫人の背中にそっと手を当てると、二人で螺旋階段を上って行く。


(あれ……?)


私は、少しだけ疑問を持った。


確かCデッキにも、化粧室はあったはず。


それなのに、わざわざ上の階のBデッキの化粧室を案内するんだ。


たまたま螺旋階段に近かったから、Bデッキの方を案内したのかな?


そんなことを思っていると、今度は、本宮君が螺旋階段から下りてきた。


「桜井」


「本宮君。さっきは、ありがとう」


「もう一人で勝手に行動しないこと。いいわね?」


「……うん」


私は素直に言った後、本宮君に聞く。


「あ、今、芹沢さんがBデッキに上がって行ったよね?」


「ええ。女性と一緒にいるところをすれ違ったわ」


「ねぇ、本宮君。Cデッキにも化粧室ってあったよね?」


私の質問に、本宮君が答える。


「あるわよ。それが、どうしたの?」


「たいしたことじゃないんだけどね。芹沢さんが、Cデッキで乗客に化粧室の場所を聞かれたんだけど、Bデッキの方を案内したんだよね。何でかなぁと思って」


「……」


何気なく言った私の言葉に、本宮君が黙りこんだ。


「あの……本宮君?」


その時、船内アナウンスが流れ、明石海峡大橋が近いことを告げた。


すると、Cデッキのレストランやバーにいた乗客達が外のデッキから景色を眺めようと、最上階のAデッキへ向かって螺旋階段を上がっていく。


一週間前、船に乗せてもらった時、芹沢さんが教えてくれたように、このディナークルーズ最高のビューポイントだから、みんな外に出られるAデッキに行くんだな。


「本宮さん、桜井さん」


Cデッキの乗客の波が途切れた頃、螺旋階段の上から、芹沢さんが私達に声をかけてきた。


「本宮さん達も、Aデッキから、また夜の明石海峡大橋を眺めませんか?」


芹沢さんの言葉に、一週間前に見た、あの美しいブリッジのイルミネーションが頭に浮かぶ。


もう一度、見たいな。


……でも、このクルーズは、もう、何も起きないんだろうか?


隣の本宮君を見ると、なぜか螺旋階段に立つ芹沢さんをじっと見つめている。


「本宮君?」


「……行こうか」


少しだけ沈黙した後、本宮君が言った。

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