第12話 怪しい人物
「あら、こんな時間」
不意に本宮君が言った。壁掛けの時計に視線を移すと、昼の2時を回っている。
「どこか食べに行く?」
「うん!」
「じゃあ、車に乗って、ちょっと遠出しようか?」
本宮君がパソコンを落とし、ソファに置いてあったジャケットを手にすると、事務所の入り口に向かっていく。
そして、二人で事務所を後にした。
「乗って」
「ありがと」
駐車場に着いて、助手席のドアを開けてくれた本宮君に、私は、彼のシルバーの車に乗る。車内は余計な物がなくて、シトラスの香りが仄かに漂い心地いい。
「じゃ、行くわよ」
緩やかに踏まれたアクセルと同時に、車が発進した。
三ノ宮の繁華街を走っていたけど、そのうち人も車の量も減ってきて、私達を乗せた車は、見通しのいい空いた道路を走っていく。 そのまま車を走らせていると、窓から入ってくる風に、潮の香りが混ざるようになってきた。
そして、10分程すると、本宮君はハーバーランド内の駐車場に車を入れる。私達は車から出ると、海の方に向かって歩き出した。
ボオゥ……
汽笛と共に、一隻の客船が出航する。
「あ、この船って!」
船体に書かれた名前を見て、私が言うと、本宮君が答えた。
「そう。これが予告のあったクイーンメリー号。今ちょうど3時だから、ティークルーズの出航ね」
真っ白な大きい客船が、ゆっくりと海を進み始める。
デッキで手を振る小さな子供に、手を振り返しながら、その船を見つめた。
「私、こういう船乗ったことないんだよね。本宮君は乗ったことある?」
本宮君が、不意に黙る。
「……?」
彼の横顔を見つめていると、小さく彼が言った。
「何年か前にね」
潮風が吹いて、彼の黒髪を揺らす。
その横顔には、複雑な感情が入り交じっていて、いつもの彼とは違うように見えた。
(本宮君……?)
そんな彼の顔を見つめていると。
「こんな船無くなればいいんだ……!!」
(えっ?)
突然響いてきた大声に振り返ると、一人の男がクイーンメリー号を睨みながら立っていた。
「本宮君、あれって……?」
本宮君が目を細めて、その男を見つめる。男は、次第に離れていくクイーンメリー号を見ていたけど、しばらくすると、その場から姿を消した。
「クイーンメリー号が戻ってくるまで、まだ二時間あるわ。ご飯食べよっか」
「うん」
本宮君の言葉に、私達はハーバーランド内の複合施設モザイクに移動した。
何軒か店を見た後、海をモチーフにした装飾の洋風レストランに入ることに。店員に通された窓際のテーブルからは、神戸港がよく見える。
席に着くと、窓の向こうに、青と白と赤で塗られた小型の客船が発着所に戻って来るのが見えた。
「クイーンメリー号以外にも、たくさんの客船があるんだね」
「全部で五つの客船があるみたいね。そして、その中で一番大きい客船がクイーンメリー。他の客船が一回の運航時間が短く、一日に何便も出ているのに対して、クイーンメリーは一日三回の運航で、一回の運行時間が二時間と長いのが特徴ね」
それって、もしかして。爆弾を仕掛けるなら、長い運航時間の方が仕掛けやすいから、なんていうのは考えすぎかな?
「クイーンメリーは、総重量が約5000トンで、速力18ノット。定員1000名」
テーブルの上に置いたノートパソコンを見ながら、本宮君が言った。
「そんなに重いんだね!ノットって、何?」
「ノットっていうのは、一時間に一海里進む速さよ」
「へぇ、そうなんだ。ねぇ、ここの客船の中では、クイーンメリーも大きいけど、もっとすごい船もあるよね?」
「もっとすごい?例えば?」
「ほら、昔沈没したっていうタイタニックとか」
私の言葉に、本宮君が笑った。
「タイタニックは、クイーンメリーを含めて、ここで運航している船のスケールとは別格よ」
本宮君が、ノートパソコンを指先で打ち込む。
「タイタニックは、重量、約5万トン。速力は23ノット。進水してから、一年足らずで沈没して、その船歴に幕を降ろしたのね」
「たったの一年!短いね」
「処女航海で、沈没してしまったからね」
「タイタニックの映画をテレビで再放送してるの見たことあるけど、めちゃくちゃ大きい船だよね?あんな大きな船でも、沈没しちゃうんだってビックリしたよ」
「例え大きな船でも、一度船体に穴が開いて、浸水を食い止めることが出来なければ沈むわ」
本宮君の言葉に、海に浮かぶ優雅な客船が、ちょっとだけ怖いと思ってしまった。
「ただ、タイタニック沈没にはいろいろな謎があって、真相はいまだに分かっていない」
「え、いろいろな謎って?」
私がそう聞きかけた時、注文していた料理がテーブルに運ばれて来る。本宮君は、貝やエビ、イカなどの海の具材がふんだんに使われたペスカトーレ。私は、同じく具材がたくさん入ったシーフードカレー。
「じゃあ、とりあえず食べましょうか」
「そだね。頂きます!」
もう3時を回った遅いお昼を私達は食べ始めた。
食事中、四隻の客船が何度か発着を繰り返していたけど、クイーンメリーはまだ戻って来ない。私達は、食事の後も、コーヒーや紅茶を飲みながら、乗船者情報や船の情報を調べながら時間を過ごした。
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