大型客船爆破予告事件(前編)

第10話 送られた予告状

「ニャア」


ソファに座る私の膝の上で、そのペルシャ猫は気持ち良さそうに鳴いた。


「もうすぐ飼い主さん、来るからね」


そう言いながら、ふさふさの毛並みを撫でた時、事務所のインターフォンが鳴り響く。


「来たみたいね。アタシが出るわ」


本宮君が入り口に向かいドアを開けると、黒地に花柄のワンピースを着た、ぽっちゃりした体型の60代の女性が立っていた。


そして、私の膝の上でくつろぐペルシャ猫を見つけると、金色のチェーンのついた眼鏡の奥の瞳を輝かせる。


「ミシュランちゃん!!」


事務所に響き渡る声をあげた後、女性は私の方へダッシュしてきた。


「わっ!」


彼女は、私からすごい勢いで猫を抱き上げると、猫に激しく頬擦りする。


「よく戻ってきたわね、ミシュランちゃん!まあ、こんなに痩せこけて!」


え……?これで痩せこけてるの?


ミシュランは二週間も放浪していた割りには、そこら辺の猫達よりも肉付きがいい。


「お家に帰ったら、神戸牛と本マグロのご飯を食べましょうね~」


な……何よ、そのセレブメニューは!?


そりゃぽっちゃりするわと、ご主人にダッコされたミシュランを見て思った。


「ミシュランちゃんを無事に見つけてくれて、ありがとう!これは報酬ですわ」


セレブ夫人が、テーブルの上に分厚めの封筒をパサリと置く。


「確かに受けとりました」


本宮君は、そう言ってから、セレブ夫人とミシュランを事務所の入り口まで見送った。


「また何かあったら、お願いするわね」


「はい、ぜひ。ご依頼ありがとうございました」


本宮君が頭を下げると、彼女達は事務所を後にした。


私は、ミシュランがテーブル周りに散らかした雑貨を片付けながら言う。


「それにしても、最初の依頼が恵さんの事件だったから、探偵ってこんなにハードな仕事なの?って思ったけど。こういう猫探しとかの依頼もあるんだね」


私の言葉に、本宮君が苦笑した。


「恵さんの件は、激レアよぉ~。あんな事件と結び付く依頼は、そうないわ。むしろ、今回のミシュランちゃんみたいな依頼とか、浮気調査とか素行調査とか。そんなのが主流よ」


「そうなんだ。私てっきり、恵さんみたいな依頼がガンガン舞い込んでくるのかなって思ってた」


「そんなわけないじゃない。それじゃ、ドラマよぉ~」


本宮君の言葉に、「それもそうだね」と思わず私は笑った。


「あ、ところで本宮君。今日この後、新たな依頼人の人が来るんだよね?」


事務所の壁掛けの時計を見上げながら、私は言った。


「そうよ」


「どんな依頼なの?」


「それが、詳しいことは事務所で話しますって言われてるから、詳しい内容はまだ分からないのよね。依頼人は、神戸港の客船の船長らしいけど」


へぇ、船長さんか。一体、どんな依頼なんだろ?


そう思った時、事務所のインターフォンが鳴った。


「はぁーい」


私は、入り口に向かうとドアを開ける。ドアの向こうには、紺地に金色のボタンがついた制服を着た50代後半くらいの男性が立っていた。


「今日、こちらに予約した三谷友行みたに ともゆきと申します」


そう言うと、三谷船長は礼儀正しく頭を下げる。


「お待ちしていました。さあ、どうぞ」


私が案内すると、三谷船長は事務所の中へと入っていった。


「本宮探偵事務所の本宮 忍と申します。どうぞ、お掛けください」


本宮君にそう言われて、三谷船長はソファに座る。


「本日は、どのようなご依頼でしょうか?」


「実は、うちの会社のホームページに、このようなメールが入って来まして……」


三谷船長は持っていた鞄から一枚のプリントアウトした紙を取り出し、テーブルの上に置いた。


「これは……!?」


私と本宮君は、同時に声を上げる。


その紙に書かれていたのは。


『6月19日(日)ディナークルーズのクイーンメリー号を爆破する』


ば、爆破予告!?


「このメールの送り元は分からないのですか?」


本宮君に聞かれ、三谷船長は首を横に振る。


「このメールが送られてきたのは三日前で、差出人は不明です」


「このメールのことを他に知っているのは?」


「ホームページの運営業務をしている事務員が、最初にこのメールを発見して……。私と部所の上司に相談し、社長の耳にもこの件は伝わっています」


「それで、探偵に調査させるよう指示が出たのですか?」


本宮君の言葉に、三谷船長は首を横に振った。


「実は、違うんです……。社長の見解は、こうでした。ただのイタズラだから、騒ぎ立てるなと」


三谷船長はうつむき、膝の上の拳を震わせた。


「私は反論しました。何か起こってからでは遅いから、警察に相談しましょうと。しかし、社長は、そんなことをしたら社名に傷がつく。このことは、これ以上他言するな。クルーズは予定通り運航しろと……」


そこまで言うと、彼は顔を上げて真剣な表情で訴える。


「社長は、そう言いましたが……何か胸騒ぎがするんです。何かが起こる……そんな予感が……」


「お話は分かりました」


三谷船長に、本宮君が静かにそう言った。


「しかし、やはり……」


本宮君は続ける。


「これは、警察に相談するべきです。うちが調査を受けたとして、仮に何か起こった場合に、その責任を負いかねます」


確かに、本宮君の言うのも正しい。


もし何か起こった場合、たくさんの乗客の安全がかかった話だから、安易に受けれないよね。


「ま、待ってください……!社長が反対している以上、私の一存で警察に相談することは出来ません!何度もお願いして、やっと、探偵に秘密裏に調査させるならいいと許可をもらったんです!」


そこまで言うと、三谷船長はテーブルに両手をついて、深く頭を下げる。


「無茶な依頼だとは思いますが、どうか受けてください。お願いします!」


親くらい歳の離れた三谷船長に頭を下げられて、胸の奥が締め付けられた。


「ねぇ、本宮君。この依頼、受けてあげれないかな?」


私の言葉に、本宮君が表情を堅くする。


「三谷さん、船長としての責任感に突き動かされて、ここに来たんだよ。力になってあげようよ」


「……」


「ね?」


少しの間腕組みをして黙っていた本宮君だったけど、小さなため息をついた後に言った。


「……分かりました。この依頼お引き受けいたします」


本宮君の言葉に、三谷船長が顔を上げる。


「あ、ありがとうございます!」


その顔には、安堵の色が広がっていった。

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