第9話 対決。そして……

「あなた、開けて!私よ!」


恵さんがドアを叩きながら叫ぶ。


「……恵?」


少しして、すぐ向こうで声がしたと思うと、部屋のドアが開いた。


「な……っ、お前は!」


私に気付いた沢城氏が、表情を強ばらせる。


「本宮君……!」


私は沢城氏を押しのけると、部屋の中へと駆け込んだ。


「……!」


本宮君が、両手を縛られて窓際に座っているのが見える。


「大丈夫!?」


急いで彼に駆け寄った。


そして、彼を縛るロープを解こうとすると。


「勝手なマネをするな!」


ドアの近くにいた沢城氏が叫んだ。それから、ゆっくりとこちらに向かって近づいてくる。彼はスーツの中へ手を入れると、何かを取り出した。


それは、小型のサバイバルナイフ……。


その時だった。


「あなた、本宮さんのことは誤解よ!」


不意に恵さんが叫んだ。その声に、沢城氏の足が止まる。


「嘘をつけ!依頼にかこつけて、二人でコソコソ会ってるだろう!?」


「だから、それは誤解なのっ。本宮さんと私が、そんな風になるわけないわ!だって……本宮さんは……!」


恵さんは真剣な眼差しで、沢城氏を見つめる。


「だって、本宮さんは……!」


そして、爆弾を投下した。


「オカマなのよ……っ!!」


なんとも言えない静けさが、705号室を満たす。


「オ……オカ……っ」


さっきまで、冷静沈着だった沢城氏が動揺していた。


でも、沢城氏は頭を大きく横に振った後、否定する。


「そんなの嘘だ!俺を欺くための嘘だ……っ!」


「あなた、信じて!本当に、その人はオカマなのよぉ……!!」


何だかな。緊迫したシーンなのに、オカマ、オカマって……。


それぞれの想いが交錯した、その時だった。


バン……ッ!!


部屋のドアが、勢いよく開け放たれる。


そして、ドアの向こうから、スーツ姿の男達三人が部屋の中へなだれ込むように入ってきた。


「警察だ!!」


そう叫ぶと、二人の男があっという間に沢城氏を取り押さえる。


「沢城斗真!」


残った長身の若いイケメンが叫んだ。


「三年前の連続通り魔事件、及び昨夜の通り魔事件の容疑で逮捕する!!」


イケメンが目で合図すると、沢城氏の両脇にいる刑事が彼を立たせ、部屋のドアへ向かって歩かせていく。


「大丈夫か?」


長身のイケメン刑事が、私と本宮君のところに来て声を掛けて来た。


「本宮。女性をこんな危険に巻き込むなんて、どういうつもりだ、全く」


本宮君を縛っているロープを解きながら、彼が言う。


「秀ちゃんに連絡してあったから、何の心配もしてなかったわ」


悪びれず本宮君が答えた。


(本宮君が電話で話してた「秀ちゃん」て……この刑事のことだったんだ)


改めて、刑事を見てみる。どこか柔らかい雰囲気の本宮君と違って、冷静沈着でクールな雰囲気の男性だ。私が彼のことを見ていると、彼も私のことをじっと見つめてくる。


「それにしても、助手を雇ったとは聞いていたが。まさか女性とは思わなかったぞ」


それって、どういう意味だろう?


「一人じゃ何かと大変なのよ」


ロープが解かれ、自由になった本宮君が立ち上がりながら言った。そんな本宮君を見た後、秀ちゃんが恵さんに視線を送る。


「沢城 恵さん。お疲れのところ申し訳ないが、貴女にも事情をお聞きしたい。署まで来て頂けますか?」


秀ちゃんの言葉に、恵さんが小さく頷いた。


「恵さん……」


いろいろな想いが混ざりながら、彼女に呼び掛けると、恵さんは、私と本宮君に向かって静かにお辞儀をする。


「ありがとう……ございました」


そして、恵さんは、秀ちゃんと一緒に705号室を出ていった。


「終わったわね」


「うん……」


本宮君の声に、私は頷いた後呟く。


「でも、まさか自分の旦那が、自分を付けていた人物で、しかも通り魔事件の犯人だったなんてさ」


「なかなか無い展開よね」


「恵さん、どうするのかな?これから……」


本宮君は、開け放たれた窓の向こうを見つめた。


「それは、恵さんが決めるしかないわ。彼女の人生だから」


本宮君がそう言った時、出航していた一隻の客船が戻ってくるのが部屋から見える。


外のデッキで、子供達が手を振っていた。不意に部屋に流れ込んできた風が、潮の香りを運んでくる。


「私達も出ましょうか?」


私は頷いた後、二人でホテルの部屋を後にした。


「バタバタしてたら、お腹が空いたわね。何か食べてく?」


海に面したショッピングモールを歩きながら、本宮君が聞いてくる。


「うん!」


「ふふ。いい返事。ねぇ、あそこのパンケーキのお店なんか、どう?」


そう言って、本宮君が指差した方を見ると、白塗りの看板の出たハワイアン パンケーキのお店が見えた。


「食べた~い!」


「じゃ、決まりね」


私と本宮君は、潮風の香る中、お店に向かって歩き出す。


この時、私達はまだ知らなかった。


これが、これから先、次に次に舞い込んでくる依頼の合間の休息に過ぎないことを……。

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