第8話 意外な犯人
「何の音……?」
すると、スマホ越しにアナウンスが聞こえてくる。
「これは……客船の乗船アナウンス……」
ずっと黙っていた恵さんが、そう呟くと、次に思わぬ一言を告げた。
「私、この場所を知ってるかもしれない……」
「え!?」
私は思わず、恵さんの肩をつかむ。
「どこなんですか、恵さん!?」
「ハーバーランドにあるホテル コスタだと思います」
行ったことないけど、見たことある!
「恵さん、行きましょう!」
私は恵さんの手を引っ張ると、急いで事務所を飛び出した。事務所近くの駐車場に停めてある車に、恵さんを乗せて、私は車を走らせる。
「恵さん、そのホテルってよく分かりましたね!」
「ホテル コスタは海に面したホテルで、近くにフェリーが停まります。部屋の窓を開けると、あんな風に、客船の汽笛やアナウンスが聞こえてくるんです」
「そうなんですね。私も、外観と名前だけは知ってたけど、全然分かんなかったです」
「何度も行っていますから……」
そう答えた恵さんの顔が、どこか青ざめている。恵さんの表情が気になりつつも、私はアクセルを踏み込んだ。
その時、繋がったままのスマホから、声が聞こえてくる。
「……痛ってぇ」
(本宮君……!)
響いてきた短い声は、本宮君のものだった。
そして、次に聞こえてきた声にハッとする。
「目が覚めたか?」
(……この声って)
スピーカーフォンを通じて聞こえてきた声は……。隣の恵さんを見ると、彼女は膝の上に乗せた拳を震わせている。
「ホテル コスタは……」
彼女は、躊躇うように言った。
「主人が支配人を勤めているホテルです……」
「え!?」
じゃあ、今、本宮君といるのはやっぱり沢城氏なの!?
「何で、本宮君と沢城さんが一緒に!?」
「……」
恵さんは青ざめたまま俯いている。
どういうこと!?本宮君は、犯人をおびき寄せるために恵さんと会うって言ってた。
じゃあ、恵さんのストーカーで通り魔なのは……。
「やっぱり、貴方でしたか」
スマホから本宮君の声が聞こえてきた。
「どうしても引っ掛かってたんですよ。なぜ三年前、一度ストーカーは消えたのか?」
「……」
沢城氏は黙って、本宮君の言葉を聞いている。
「それは、恵さんを手に入れたから。だから、ストーカーする必要がなくなった。違いますか?」
「ククク……面白い仮説だな」
沢城氏の不気味な笑い声が響いてきた。
「そして、三年前。恵さんの職場で起こった通り魔事件。あの事件の犯人は、ある特徴がありました。それは……」
本宮君が続けて言う。
「犯人は、左利きであるということ」
……左利き?
「被害者の一人が、切りつけられる直前に振り返りかけた時、見ていたんです。犯人の左手が、自分の背中に降り下ろされるのを」
「……」
「恵さんのストーカーと、通り魔事件の犯人が、同一人物ではないかと考えてから、以前の職場で、怪しいと思われる人物の利き手を調べました。だが、みんな右利きでした」
「それで?」
「貴方が、私の事務所に来てコーヒーを飲んだ時。貴方は、左手にカップを持っていた」
本宮君がそこまで言った時、沢城氏の冷笑が聞こえてきた。
「馬鹿馬鹿しい!左利きだというだけで、俺が犯人だっていうのか?」
「いいえ。確かに、それだけでは推論でしかない。でも、貴方は決定的な一言を言ってしまった」
「なに」
「貴方が、うちの事務所から出て行こうとした時、私は貴方に聞きました。三年前に、恵さんの職場で起きた通り魔事件のことを知っているかと。貴方は知っていると答えた」
「知ってて、何が悪い?恵の同僚に聞いたんだ」
沢城氏の反論に、本宮君が冷静に答える。
「知っていること、それ自体は問題じゃない。だが、貴方は言ってしまった。『サバイバルナイフで切りつけられた』と」
え?それのどこが決定的なの?
「当時の事件の報道を調べましたが、どこにも『サバイバルナイフ』なんて報道はされていない。『鋭利な刃物』としか。そんな細かい凶器の種類を知っているのは……通り魔事件の犯人本人だからです」
「クククッ……ハハハハッ!たいした洞察力と調査力だな!」
沢城氏が、突然大声で笑い出す。
「そうだよ。恵を付けていたのも、恵を狙う男達を追い払ってやったのも、全部、俺だ!!」
認めた!じゃあ、沢城さんの旦那が犯人なんだ!
「恵の前の職場でもそうしたように、今の職場でも、恵を狙う男を追い払ってやった!まったく!だから、働きになんて出るなと言ったのに!」
何て自分勝手な言い分なの!?
隣の恵さんを見ると、青ざめた表情で唇が震えている。
「だが、もう一人、恵を狙う男がいる」
そう言った後、沢城氏は予想外の言葉を口にする。
「お前だよ。本宮 忍」
……は?本宮君が、恵さんのこと本気で好きだって勘違いしてる!?
ていうか、オネエだってこと知らないんだ!
「わざわざ自宅まで車で送り迎えしたり、服を届けたり」
服……。それ、私がお茶溢しちゃったからクリーニング出したやつだ。
「さっきだって、イタリアンレストランで、二人っきりで食事していただろう!!」
そっか。こうやって沢城氏を刺激するために、本宮君はわざと恵さんを誘って食事を……。
そう思っていると、開けていた窓から潮風が流れ込んでくる。潮の香りが段々強くなっていき、程なくして、私達はハーバーランドのホテル コスタに到着した。
ホテルの駐車場に車を停めると、私達は急いでエントランスに向かう。シャンデリアの輝くロビーを抜けて、私達はフロントに駆け込んだ。
「奥様」
恵さんを見た男性従業員が、頭を下げる。
「福田さん、教えて欲しいの!」
「は、はいっ。何でしょうか?」
「今日、主人はホテルのどこかの部屋を使うと言ってなかった!?」
切羽詰まった様子の恵さんに、福田と言う従業員が焦って答える。
「あ、あの……はい、おっしゃってました。今日、705号室を私用で使うから、予約を入れないようにと」
「705号室ね!ありがと!」
私は手短にお礼を言うと、恵さんとエレベーターに向かって走って行った。
そして、ボタンを押してエレベーターが降りてくるのを待つ。
「……ごめんなさい」
隣の恵さんが、ポツリと言った。
「本宮さんをこんな目に合わせてしまって……」
そう言った彼女の目の端に、涙が滲んでいる。
「恵さんのせいじゃないですよ」
私がそう答えた時、エレベーターが1階に到着した。急いで乗り込むと、7階のボタンを押す。
(早く着いてっ!)
本宮君が危険な状況に置かれているのは確かだ。
エレベーターが7階に止まると、私達は705号室を目指して駆け出す。
そして、705号室のドアの前までたどり着いた。
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