『♂♀探偵 本宮忍の事件ファイル』
月花
再会は、突然に
第1話 再会は突然に
「はぁ~……」
私は、お腹の底から絞るようなため息をついた。無気力な手の中には、もう何度目になるか分からない不採用の通知。
「私の何がいけないっていうのよ!?」
赤の他人が聞けば、負け惜しみでしかない独り言を叫ぶ。
通りすがりの親子連れの母親が、子供に「見ちゃダメ」と、私の方をチラチラ見ながら言っている。
いや、本人聞こえてますよと言いたいのをグッと我慢した。
私は24歳で、約2ヶ月前に勤めていた会社をリストラされた。突然のことだった。それから必死に、新しい職場を探しているけど、今のところ連敗中で、何の目処も立っていない。
スマホで、神戸三ノ宮周辺の仕事情報を検索してみた。そこには、事務からフロアなど様々な職種が載っている。いつもは、そんな募集スルーなのに、なぜか目がいってしまった仕事情報があった。
『本宮探偵事務所』
求人元は、そうなっている。
本宮……。
その名前に、一瞬だけ甘酸っぱい記憶が過ったけど、こんな名前どこにでもあるじゃないと、その記憶を頭から追い払った。
その事務所の求人内容は、助手。
探偵事務所の助手って、何するんだろ?
詳細は面接でと書かれていて、具体的には分からない。
でも、今歩いている三ノ宮の通りのすぐ側にある。いつもだったら、こんな怪しい求人なんて飛び付かないのに……。何度も面接で落とされて、私は焦っていた。
「とりあえず……行くだけ行ってみるか」
肩に掛けた黒いバッグの中には、すでに書いてある履歴書が、まだ二枚残っている。
求人に書かれていた住所に行ってみると、そこは小さな雑居ビルだった。
「この2階か」
見上げると、ガラス窓に大きく『本宮探偵事務所』と書かれている。私はビルの中の狭いエレベーターに乗って、2階に上がった。
エレベーターを降りて、すぐ右手に事務所の扉がある。私は、肩より少し長い髪を整えると、白い小さなインターフォンを押した。
少しすると、扉の向こう側から、男性の声が響いてくる。
「どうぞ」
……あれ?意外と若いな。
てっきりお爺ちゃんみたいな人がやってるのかと思ってたから意外だった。私は、失礼しますと言って扉を開ける。
事務所の中は、こじんまりしてるけど、きちんと片付いていて無駄な物がなかった。強いて言えば、窓際に置かれた大きな緑の観葉植物が目を引くぐらい。
でも、肝心な事務所の人間が見当たらない。
おかしいな、声はしたはずなんだけどな。
私が部屋を見回していると、奥にある扉がゆっくりと開いた。
「申し訳ありません。書類の整理をしていたところでして」
そう言って、扉の向こうから現れたのは。
「……!」
20代くらいの、すらりとした長身のイケメンだった。
私の脳内に、一面の薔薇の園が広がった。
神様は、私を見捨てたわけじゃなかったと。
「どうぞ、こちらに」
心が乙女一色で塗りつぶされ立ち尽くす私に、イケメンは、黒の革製のソファーを勧めた。
「は、はいっ」
裏返った声で答えると、私はソファに座る。
そして、イケメンも向かい側に座った。
さっきの怪しげな求人広告が、何だかパーティーへの招待状のように思えてくる。
「依頼者の方ですか?」
低くて甘い声が、私の耳をくすぐる。
「あ、いえ……依頼をしに来たのではなくてっ。こちらの助手の求人を見て来たんです」
私がそう言うと、彼は嬉しそうに口角を上げた。
「求人の方でしたか!それは助かります。なかなか助手の方が見つからなくて」
「アポも取らないで、突然来ちゃって、すみません」
「いえ、結構ですよ。今、履歴書の方はお持ちですか?」
「は、はい、持ってます!」
「では拝見いたします」
そう言うと、イケメンの手が私の方に伸びてきた。その手に、鞄から取り出した履歴書を渡す。
「あっ……」
渡す時、お互いの指先が少しだけ触れあった。
「どうしました?」
低くて甘い声が響いてくる。
「い、いえ、何も……」
私は頬をほんのり染めながら、答えた。
「ああ……私としたことが」
不意にイケメンは、そう言うとスーツの上着から一枚の名刺を取り出した。
「私は、こういう者です」
そして、私の目の前に、その名刺を差し出す。
「あ、ありがとうございます!」
私はイケメンの名刺を手に取った。
(えっ……!?)
そこに印刷されたフルネームを見た瞬間、私の脳内に、青春の1ページが急速に再生される。
ユニフォームを着た、一学年先輩の少年が、バスケットボールをドリブルしながらゴールに向かっていた。途中、相手チームのディフェンスをいくつも交わしながら、ゴールの目の前まで走り抜けて。高いジャンプで、シュートを決めた。
このイケメンは……。
今、目の前で私の履歴書を確認する、この彼は。
私が高校時代に密かに好きだった。
初恋の相手、
これって……。
突然、普段聞きもしないベートーベンの『運命』が、大音量で脳内に流れ始める。
そして、私達二人を取り巻くように、薔薇の花々が咲き乱れていく。激しい音楽に合わせて、風に散らされた無数の赤い花びらが、薔薇の園を舞っている。
「ん……?」
履歴書を見始めた本宮君が、小さな声を漏らした。きっと彼も、この『運命のイタズラ』に、そろそろ気づくはず……。
「
彼が、履歴書から私に視線を移して聞いてくる。私は、女神のように微笑みながら頷いた。
「清瀬高校の、あの桜井さん?」
「はいっ!」
こんな奇跡って、あるんだろうか?
私は悟った。あの突然の退職劇も。全ては、この再会に繋がってるんだって……。
「こんな偶然が……」
驚いた声で、本宮君が私を見つめる。その切れ長の瞳を私も見つめ返す。
今この事務所には、私と本宮君の二人だけ……。高校生のあの頃も、本宮君とこんな風になりたいって何度も願ってた。
生きてて良かっ……。
再び神様への感謝を心で呟きかけた、その時。
「うっそぉ~!?こんな偶然あるぅ!?」
「……!?」
突如、妙に甲高い声が脳天を突き抜けた。
「あの桜井なのぉ~!?あの頃『王子』なんて言われてたあの桜井!?やっだぁ~!」
高校時代。男子にはまったくモテなかった私だが、なぜか女子の間で「王子」と呼ばれ、女子にだけモテていた。
まあ、そんな私の黒歴史は、どうでもいいんだけど。
「あ、あの……本宮君?」
「なあに?」
「えっと、その……。言葉……言葉遣いが……」
「あら、やだ」
私の言わんとしてることを読み取ったらしい本宮君が、口元を押さえる。言葉遣いも、そうだけど。この仕草も、どう見ても……。
「もうっ!ビックリしすぎて、素が出ちゃったぁ」
おかしそうに笑った後、本宮君はさらりと爆弾を投下する。
「アタシ、実はオネエなの!」
その告白に、私の脳内に咲き乱れていた薔薇たちは瞬時に枯れていき、残ったのは一面の枯れ野原。
「……で、でも、本宮君。高校の頃、全然普通だったじゃない!?」
まだ現実を受け止めきれない私に、本宮君が答える。
「アタシ、遅咲きなのよ」
……一生、咲かなければ良かったのに。
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