【第四章 ソス逆襲】
【第四章 ソス逆襲】①
高さ一〇〇〇メートルを越す純黒の三角柱、モノリス。
租借地として借り受けた場所に竜族が必ず造る、巨大建造物だった。
その建造にはドラゴン上位種の高等魔術が用いられるという。
見晴らしのよい場所なら、東京新都からもモノリスの偉容をたやすく視認できる。
だが、夜はちがう。
ライトアップされるわけでもない、純黒の柱なのだ。
さすがに夜間は新都区民の視界から消えてくれる。
だというのに、昨夜は妖しく燃える焔の柱が黒きランドマークの偉容を照らしあげた……。
「あの火……やっぱりドラゴンたちが関係してたんだ」
携帯端末に届いたメールを読んで、
昨夜の二三時頃、旧東京方面の空に『焔の柱』が出現し、月と星々だけが光源であるべき闇夜を紅蓮色に染めあげた。
多くの都民と同じく、羽純もその光景を自宅の窓から目撃している。
結局、『焔の柱』は一〇分ほど燃焼すると、出現時と同じ唐突さで消滅していった。
まるでリヴァイアサン、羽純が呼び出す超常の『蛇』のように――。
「あ、返事しなくちゃ。……『わかりました。すぐそちらに向かいます』、と」
しかし駅を出ず、ホームにすべりこんできた電車にふたたび乗り込む。
めざすは『館』のある新木場だった。
東京新都や近郊諸都市にドラゴン族が飛来したとき、警察・自衛隊・環太平洋防衛機構よりも、彼女の方が“効果的ないし経済的”と判断された場合、『蛇』を呼ぶ。
それが白坂羽純の役割であり、責任だった。
望めば、学園や『館』に高級送迎車で送り迎えという待遇も得られるだろう。
いや、まわりの大人たちはむしろそうしたがっている。
新都の知られざる重要人物である彼女を保護し、便宜をはかるために。
だが、羽純は電車で移動する方が好きだった。
自分でできることなのに、人に迷惑をかけるのは気が引けてしまうのだ。
しばらく電車に揺られたあと、新都環状線の新木場駅で下車する。
ここからは徒歩。一〇分後、『館』に到着した羽純は受付のおじさんに会釈して入館し、ロビーまでやってきた。
「おはようございます、
「おはよう、羽純さん。さっそくだけど、変なことになってるみたいなの」
ロビーのソファに腰かけていた知人女性が言った。
柊友加里。研究機関《
これは担当地域内で活動する全ての魔女を統括する役職だった。
民間団体や公的機関からの要請に応じて魔女に“出動”を依頼し、魔女への支援や保護、さらに育成などもコーディネートする。
もちろん重職である。しかし友加里は若かった。
白いブラウスにカーディガン、ロングスカートという格好なのだが、これが高校の制服姿でもあまり違和感はないだろう。
「メールに書いたとおり、昨夜の『盟約の儀』……上位種のドラゴンに襲撃されて中止になってしまったの。幸い、護衛役の活躍もあって魔女候補者は大丈夫だったそうよ」
「はい。昨日の夜、織姫姉さまも無事を報せてくれました」
「そういえば、あなたたちって従姉妹同士だったものね」
どこか雅な鷹揚さでうなずいてから、友加里は微笑んだ。
長い黒髪と紅いフレームのメガネがいかにも知的美人という印象を強めている。
ただ、メガネの奥の瞳はすこし気だるげで、そこが印象的だった。
「問題はその上位種と、織姫さんのために用意した副葬品が行方知れずということ。儀式の進行役だった男の子といっしょにね。……抜け目がないくせに変なところで貧乏くじをひく子だから、ちょっと心配だわ」
「お知り合いなんですか、友加里さんの!?」
意外な情報に羽純は目を丸くした。
「あ、あの。よかったら、わたし、廃墟の方に捜しにいきましょうか……? 水無月に頼めば人捜しの魔法を使ってもらえるかもしれませんし――」
羽純は第二
まだ『蛇』を手足のように使いこなす域にはいたってない。
だが、未熟な魔女でもパートナーの声に耳をかたむけ、真摯に祈りを届ければ、リヴァイアサンはすくなからぬ『力』を示してくれるのだ。
「ありがとう。でも大丈夫、一応生きてるみたいだから。いっしょに進行役をしていた子宛てに『どうにか無事。先に撤収して結構』ってメールがあったそうよ」
「そ、それだけなんですか?」
「偏屈で変わり者なの。社会性もちょっとあやしいし。でも、あの歳にしては腕利きだし、あちこち旅慣れていて、面白い男の子よ」
「……はあ」
さんざんな人物評への返事に困り、あいまいにうなずく。
だが、ほのかに好奇心も刺激された。
羽純は体が弱く、東京に常駐する必要もあるため、遠出とは何年も縁がない。
そのせいで、『旅』というフレーズに多大な魅力を感じてしまうのだ。
「……もしご縁があったら、ちょっとお話をうかがってみたいですね」
「偏屈で変わり者をスルーするあたり、さすが羽純さんだわ」
すこし間を置いて淡く微笑んだら、なぜか友加里に感心された。
「そうね。あの変わり者の対人バリアーをその天使っぷりで叩きこわしてもらうのも、いろいろ面白いかも」
「へ、変なことを言わないでください。わたし、そんなのじゃありませんからっ」
「大丈夫、十分そんなことあるから。性格を抜きにしても、あなたなら見た目だけでも余裕で天使検定の一級に合格できるだろうし」
友加里に目を細めて見つめられ、羽純は恥ずかしくなった。
従姉妹の織姫に似ていると、たまに言われることがある。
だから、顔はまあまあ悪くないようにも思える。
だが、だとしても分不相応な誉め言葉だろう……。
身をすくませていると、友加里が話題を変えた。
「羽純さんには当分、ここで待機していて欲しいの。旧東京に現れた上位種がどこに消えたのか、確認が取れるまで。万一、また出てくるようなことがあれば――」
言われずともわかる。現場へ急行し、『蛇』と共に戦って欲しい、だ。
羽純にドラゴン上位種と交戦した経験はない。
だが、今のところ彼女以外にそれができる人間は、関東地方にはいないのだ。
「が、がんばります」
責任感を刺激されて、羽純は言った。
力強くという表現とは対極の弱気さが申し訳なくもあったが。
「羽純さん以外にあとひとり、
「は、はい。お願いしますっ」
きびきびと言ってから、友加里はロビーから出ていく。
その後ろ姿に羽純はぺこりと頭を下げた。
魔女の資質を持つとはいえ、決して争いごとが好きではなく、『魔法』なる知識体系も今ひとつピンとこない。
そんな羽純である。格上の魔女仲間が支援してくれるなら、何よりの朗報だった。
友加里が去ったあと、羽純は専用の個室にカバンを置きにいった。
それから中庭へ向かう。
『館』の女主人というべき立場では、公言しづらい事実がある。
羽純にとって、ここは決して居心地のよい場所ではないのだ。
しかし、中庭はべつだった。
きれいに刈られた芝生。よく手入れされた花壇。何より陽当たりがいい。
館内は照明が暗く、澱んだ空気がこもっているようにも感じる。
以前、友加里にだけこっそり打ち明けたら、「やっぱり羽純さんは天使なのね」と困ったように微笑まれてしまったが――。
羽純は中庭に出て、いつもすわるベンチに腰かけた。
おだやかに吹く春風の心地よさを楽しみつつ、新学期がはじまって間もない学校のことを思い出す。
魔女の務めがあるから、どうしても欠席がちになってしまう。
出席日数その他は、事情を知る学園側がいいように“調整”してくれる。
しかし、陰で特別待遇されるより、ふつうに通学して、ふつうに学校にいられる方が羽純にとってはありがたい話なのだが――
「どうしたの、水無月?」
リヴァイアサンは非召喚時でも魔女を守ってくれる。
悪しき魔力を斥けるための『加護』がいきなり展開されたので、相方の『蛇』に問いかけてみた。直後、羽純は風に交じる魔術の気配を感じ取った。
これはおそらく《死》をもたらす強制力。羽純はびくっと身を震わせた。
「驚かせたようだな、“まがいもの”の盟約者よ」
重厚で禍々しい声が中庭にひびく。
いつのまにかフード付きの黒い長衣をまとう人物が来ていた。
「不作法を容赦して欲しいものだ。もちろん、空より華々しく舞い降り、この地を猛火で灼き浄めるべきだとは承知している。それこそが竜の種族の流儀であろうと。だが、私は今、なんとしても力をたくわえ、次の冒険にそなえねばならぬのだよ」
ファンタジー物のイラストで『魔法使い』がまとうような長衣。
袖は長く、裾も足もとにまで届く。とても現代日本の衣装とは思えない。
事実、これを身につけているのは日本人どころか人間ですらなかった。
フードの奥にあるのは、人ではなく恐竜じみた爬虫類の凶相。
長い袖口からのぞく手もとは鱗におおわれ、鋭い爪を持つ五本指の
「きゃああああっ!?」
それは人間ではなく、魔術で『人型』に変身したドラゴン上位種だった。
思わず悲鳴をあげた羽純に、半人半竜というべき怪物は言う。
「我が名はラーク・アル・ソス。王への道を探求する放浪者である」
竜の口が大きく開く。
なかにびっしりとならぶ鋭い歯を見てとれた。
「君の“まがいもの”を強奪させて欲しい。偽りの王を斬り裂き、玉座より引きずりおろすため、私にも
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