盟約のリヴァイアサン/丈月城
MF文庫J編集部
『盟約のリヴァイアサン』
【序章】
【序章】
ハルこと
天翔ける竜。
頭部と胴、手足は爬虫類のトカゲじみている。
尾は蛇。広げる両翼はコウモリのそれに似ていた。鱗は鋼色だ。
大きな翼を悠々と広げて、青空を飛んでいた。
体長は六、七メートル前後。この生物の小型種としては、ごく標準的なサイズだったはず。
――それが幼いハルの頭と心に刻まれた、最初の記憶だった。
物心ついて間もない頃の、数少ない想い出である。
しかし、そういう少年少女はハルのほかにもたくさんいるはずだった。
竜たちが帰還してから、すでに二〇年以上。
それ以降に生まれた世代にとって、竜――ドラゴンはあまり珍しくない割に、いつまで経っても印象的このうえない生き物なのだから。
とはいえ、ハルがこの超生物とかかわりの多い人生を送ってきたのもたしかだった。
子供の頃は、よく父のノートPCをいじっていた。
父が『仕事』の資料――ほこりくさいうえにぶあつい古書の山に埋もれるようにして、何かの文献を読みふける背後で、ハルはひとりPCをいじくっていた。
ネットで動画サイトを鑑賞して、暇をつぶしていたのだ。
父がお気に入り登録していた動画は、全てドラゴン関係だった。
人類がいまだ到達せざる深海に眠っていたドラゴン族が復活を遂げ、世界各地の空を席巻した日の光景『The Day Dragons Return』。
帰還したドラゴンたちが敢行した、諸国の都市への空襲『Dragons strikes, the first time』。
きわめつけは『Red Dragon HANNIBAL comes!』。
ニューヨークのロックフェラーセンターに飛来したドラゴンが『竜族の王』を名乗り、「竜の種族と地球人類の秩序ある共存」政策についての草案を完璧な英語(!)でスピーチしたときの中継映像――。
そういう情報にかこまれて、ずっと暮らしていたのだ。
もっとも、幼いハルがよく観た動画は、主に日本のアニメやドラマだったが。
父は世界各地に『出張』することが多かった。
あちこちの国を転々とする生活にくっついていたせいで、ネットが故国・日本とのすくない接点だったのである。
ハルのあだなはこの頃に自然発生した。
今どき日本でも珍しい『はるが・はるおみ』という古風な姓名。
きちんと発音できる外国人はほとんど存在せず、彼らはざっくばらんに『HAL』と呼ぶことを好んだわけだ。
ちなみに『ハル×二』で韻を踏んでいるのは「わざとか?」と父に訊いたら、「子供の名前で遊ぶのは、数少ない親の特権なんだよ」と、まじめな顔で即答された。
こんな父とふたりだけの生活。
インドネシアのジャカルタに半年いたと思えば、次はルーマニアのブラショフで一年。
その次はカムチャッカ半島の漁村に四か月滞在。
そしてグルジアのツヒンヴァリで、今度は比較的長く二年――そんな放浪生活をハルはずっと続けてきた。
しかし、一二歳のとき。
ハルと父はひさしぶりに東京新都の『我が家』で暮らすことになった。
いつもとちがい、滞在目的は『仕事』ではなかった。
父が重病をわずらったため、その療養のため生まれ故郷に帰ってきたのである。
だが、この暮らしは結局、短期間で終了となる。
父の病状は重く、東京帰還から半年後に亡くなったからだ。
かくして、ハルは一二歳で天涯孤独の身の上となった。
しかし、遠い親族や施設を頼るという常識的な選択肢に背を向け、ハルは放浪生活を再開することにした。
慣れない定住&共同生活に今さら挑戦するのも、面倒くさく思えたからだ。
ここで物を言ったのは、父の遺産だった。
ただし、金銭ではない。知識である。
ずっとそばにいたおかげで、ハルは父の『仕事』をよく理解していた。
だから家業を継ぐことにしたのだ。
特殊な職種なので、幸いにもハルの若さはほとんど問題にならなかった。
父同様、あちこちの国で『仕事』をこなしながら、数年――。
もうすぐ一六歳になるハルを困惑させる事態が発生した。
ある理由のため、東京に帰郷せざるを得なくなったのである。
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