第36話 トミーのやり方

 視察口の外へライフルを構える狙撃手。右頬を銃床につけ、照準器をじっと見つめている。背中は隙だらけだ。トミーは大きく息を吸って止め、拳銃を狙撃手へ向ける。照準器の凹部分に、銃把を握る右手を重ねる。右目に意識を集中すると、二重にぼやけていた標的が一つの像に集結していく。

 引き金を引いた。

 バンッという音の後、すぐさまトミーは走った。痛みを噛み殺すような呻き声。狙撃手は床に落ちたライフルへ手を伸ばす。

 遅い。

 トミーは彼の手の先からライフルを蹴り飛ばし、頭に拳銃を突き付ける。

「案内しろ。ルークってガキのいるところに」

「ルーク?」

 やけに上ずった声が返ってきた。虚勢を張り損ね、調子の外れてしまった口調だ。

「何のつもりだ? 奴はただのガキだぞ」

「てめぇに関係ねえだろ」

 そう言ってトミーは撃鉄を起こす。カチャ、という音が一瞬の沈黙へヒビを入れる。

「分かった、分かったよ。お前の言う通りにする」

 男の慌てた様子に少しほっとする。

「ルークは上だな?」

「ああ」

「歩け」

 男はそろりと立ち上がる。音を立てたら撃たれるとでも思っているみたいに。トミーは彼の背に銃口をピッタリとつけ、慎重に後に続いた。

 途中、蹴り飛ばしたライフルの側を通った。トミーは素早くそれを拾い上げ、弾を抜き取って捨てる。ガランッと音高い響きに男の肩がビクッと緊張する。足が止まる。

「念のためだ」

 トミーはそう言って、銃身でもって男の背を突いた。

 

 トミーは既に、正面ハッチの二階上にまで来ていた。階下でも、三人の狙撃手を倒している。最初こそ言われた通りにデレクへ連絡してみたが、もう懲り懲りだ。自分でそうしろと言っておきながら、彼は酷く不機嫌で、鬱陶しいと言わんばかりの態度だったのだ。何かあったのかもしれないと思ったが、不愉快なことに変わりはない。掃除兵だからという理由でなく、トミーはデレクとは全くそりが合わなかった。

 

 ルークの前に人質が取れたのは幸運だった。これなら相手を傷つけずにすむかもしれない。そう、たとえ敵であろうが無闇な殺しはできないのだ。それは料理長の教えだった。

 まだバード戦車長に拾われて間もない頃のことだ。突然厨房で働けと言われた彼に、料理長が真っ先に教えてくれたのは、料理ではなく「人を殺してはいけない」という倫理観だった。たぶん料理長は、バード戦車長から聞いていたのだ。トミーが追い剥ぎまがいの方法で金品を得ていたことを。そしてほとんどの相手を殺めていたことを。

 孤児だったトミーは、料理長に会うまでは誰からも何も教わることができなかった。ただ自分で生きるための術を見つけるしかなかった。ほとんど獣と同じだ。善悪の概念そのものがなく、生きるか死ぬかという二者択一が全てだった。そんな彼を、多少なりとも人間らしくしてくれた料理長の教えに、背くわけにはいかない。もう彼がこの世にいないなら尚更だ。

 

 前を歩く男を盾のようにし、ゆっくりと階段を上る。

「安心しろ。ルークをとっ捕まえたらお前に用はない。さっさと連れてってくれれば、それだけお前も早く解放されんだ」

 男の背中に安堵の気配は見えない。つ、と首筋に浮いた汗が垂れる。

「ビンセントが許してくれるとは思えないけどな」

「ビンセントをぶっ潰しに来たんだ。オレらが上手くできりゃ、殺されやしねえよ」

 階段を上りきって一つ上のフロアに着く。

「この階だ。右に進んで一つ目の視察口にいるはずだ」

「狙撃手は一人か?」

「ルーク一人だよ。狙撃手をランディんとこに分けてやったせいで、人数が足りなくてな。いつも装填手伝ってるガキの何人かは、狙撃手として視察口から外を狙ってる」

 好都合だ。想像していたよりも、はるかに順調に進んでいる。そう思い当たると――

 背に滲む汗を急に冷たく感じた。上手く行きすぎではないだろうか?

「あいつだ」

 男の声に、はっとなる。すぐに脳裏に浮かんでしまった懸念を振り払った。ここまで来たらやるしかねぇんだ。余計なことを考えんな――。

 やや離れたところに、その姿はあった。デレクの言葉通り、ブロンドを短髪にした少年だ。他の狙撃手と同じように視察口からライフルを構え、照準器越しに標的へ目を凝らしている。

「あいつ、お前なんか死んでも構わないとか、思ってねえよな?」

 男は自嘲気味に乾いた笑いを漏らした。

「大丈夫だよ。あいつは孤児にしちゃ珍しく気持ちの優しい奴だ」

 よし。トミーは深呼吸してから、しっかりとルークに目を据える。同時に胸に意を固めた。

「おい!」

 大きく張った自分の声が、狭い通路に反響し、空気を震わせながら走っていく。ルークがこちらを向いた。トミーは男を前に突き出し、つかつかつかと歩を進める。ルークの姿が次第に大きくなり、驚きに瞠目する表情も見て取れた。

「一緒に来い。こいつを殺されたくなかったらな」

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