第17話 戦いに備えて
少年たちは深夜まで話し合った。当日までに行うべきこと、必要なもの、そしてそれまでにかかる時間――。バード戦車長とも確認を取り、決行は三日後ということになった。
間の二日は大忙しだった。
これまで、彼らが動き出すのは暗くなってからだった。仕掛けた罠の周囲をうろつき、交代で視察口やハッチから顔を出して様子を窺った。そうして罠の近くに他の戦車を見つけると、彼らがかかるのをじっと待つ。何とも単純な方法だ。しかし、今回はそんなに簡単にはいかない。攻撃を仕掛けるのは昼間なのだ。見つかろうものならその時点ですべてが台無しになる。そこで、少年たちは戦車の派手な赤色を砂色に塗り替えることに決めた。
サミーは食事と僅かな睡眠時間以外はほとんど休まずに作業していた。危険に身を投じられないなら、せめて辛い仕事を一挙に引き受けよう、そういう気持ちだったのだろう。彼の懸命な姿を見ると、ジョンの目の奥はじりじりと熱くなってきた。
サミー以外のメンバーも、ほとんどが一生懸命に作業に当たっていたが、中でもサミーに劣らず働きづめだったのはダンだ。他の少年たちの兄貴分だった彼は、全体の進み具合を見てみんなにあれこれと指示を出していた。そうする傍ら、苦労している少年がいれば作業を代わり、危険が大きそうなところは自ら引き受けた。自身は滅多に休憩を取らなかったが、他の子が長時間働いていると休むように言った。何を思ってかサミーにだけはそうしなかったのだけど。
反対に全く協力しなかったのはディッキーだ。サミーの切実な思いを聞いたにもかかわらず、その願いをすげなく切り捨てたことを彼は心底嫌ったらしい。デレクやダンへの反発を示すためなのだろう、手伝えと怒鳴りつけられても頑なに厨房の隅に座って動かず、なぜかひたすら調味料の瓶にラベルを貼り続けていた。当の本人があれだけ健気に頑張っているのに……。それを思うと、ジョンはこれまで何度も否定してきたデレクの言葉を認めざる得なかった。ディッキーは子どもっぽ過ぎる。
ディッキーのような例外はあったにせよ、みんなで手分けしたおかげで巨大戦車は見る間に塗り替わり、二日目の昼ごろには砂と見まがうほどになっていた。サミーが最後にハッチの蓋を塗り終えた時、少年たちから割れんばかりの拍手が起こった。サミーは面映ゆそうに口を歪めてうつむいた。ちょっと冷やかしがかった、けれど温かい歓声の中、ダンの表情も穏やかだった。彼は頬を緩ませ、僅かに目を細めた表情で腕組みしていたが、ちょっとする下を向く。そうして肩が上下するほど大きく息をつくと、再びぱっと顔を上げてひときわ大きく手を叩いた。その面差しからは、わだかまりがすっかり取り払われていた。きっとそれが彼なりの最大限の賛辞だったのだろう。ジョンもみんなと一緒に拍手を送り、この二日間のサミーの頑張りを讃えた。サミーのこそばゆげな表情は相変わらずだったけれど、ちょっぴり嬉しそうな気色が増したような気がした。
大きな作業を無事に終えたことで、少年たちの声も顔も、晴れ晴れとしていた。気持ちのいい空気の中、ふとジョンは気にかかる。デレクはこの光景をどんな風に見ているのだろう?
辺りを見回すと、彼は少し離れた場所で、地べたに敷いたビニール製のシートの上に武器を並べていた。じっと考え込むようにそれらを見つめている。ジョンはゆっくりと近づいていった。
「デレク」
声をかけると、デレクははっとしたように視線を上げた。目が合うと、彼の大きく開かれた瞼が静かに瞳の輪郭にかぶさっていく。
「悪い。ちょっと考えてて。戦車の方はどうだ?」
「さっき終わったよ。サミーとダンが相変わらず頑張ってくれて」
デレクはそっと口角を上げる。穏やかでいて、どことなく寂しげな雰囲気が口元に漂っていた。
「サミーのこと、悪いとは思ってる。でも、あいつのために作戦を台無しにはできない」
デレクの言葉を聞くと、喉の奥へ飲み込んで忘れてしまおうとしていた考えが再び心に引っかかった。ジョンは少し迷ったけれど、意を決してその考えをぐっと引っ張り上げた。
「デレク。ぼくは……サミーを連れて行った方がいいと思うよ。ディッキーの代わりに」
デレクは、また目を皿のようにしてジョンを見た。
「前にも言っただろ? 今回はディッキーが必要なんだよ。あいつに頑張ってもらうしかないんだ」
「でも、ディッキーはランディたちに酷く虐待されてたんだよ。暴力を振るわれて、ひどい火傷も負って、毎晩レイプされてたんだ。二か月の間ずっとだよ。そんなことした相手とまともに戦えると思う?」
デレクは息をつく。
「だから黙ってんだろ?」
そう言って、彼はじっとジョンの目を見つめた。
「あいつらはただの囮だ。別に面と向かって戦わなくていい。距離を置いて相手を引きつけるだけだ。顔なんか分かんねえよ。自分の身を守れる程度に武器を扱えれば大丈夫だ。サミーじゃそれもあやしいし、あいつができないんじゃあ援護するダンも危険になる」
デレクの言葉には説得力があった。どこか釈然としきらない気もしたのだけれど、それはひどく曖昧な感覚で、ジョンには反論を見つけることができなかった。
「トミーがいればな」
「え?」
唐突なデレクの言葉に、調子はずれな声が上がってしまう。デレクはシートの武器を見つめて続ける。
「あいつ、バードに拾われる前は戦車乗りの間で結構有名だったらしいんだ。通りかかった車や、時によっては戦車を襲って、水や食糧や金目の物を奪ってたって話でな。『孤児のガキには凶暴なやつも多いけど、特にバードんとこのガキはひどかった』って聞いたことがある。戦い方には、オレらよりずっと長けてるんだよ。あいつ一人いれば、ディッキーだけじゃなくビリーにだってこんなことさせずにすんだんだ」
トミーにそんな過去があったなんて、にわかには信じられなかった。あのトミーが。けれどその驚き以上に、デレクの声に滲む悔しさがジョンの心をきゅうっと痛めた。デレクはディッキーもビリーも、それにきっとダンやジョンのことも危険にさらしたくはないのだ。内心、ほんの少しだけれどサミーやディッキーのことでデレクを責めていた自分が恥ずかしくなった。ジョンは、ごめん、という言葉をぎゅっと胸に抱きしめた。
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