第16話 サミーの過去
少年たちは不可思議なものでも見るような目つきを、サミーに向けている。その視線には、せっかく活気づいた雰囲気に水を差されたことへの非難も含まれていたため、空気は僅かに緊張していた。けれどサミーは、いつものように怯んでうつむいたりはしない。まっすぐな目をデレクへ向け続ける。
「だめだ」
デレクの静かなひと言は、しかし、サミーの言葉や視線をばっさりと切り捨てた。ぴんと張った緊張の糸がぷつんと切れたように、室内の気配が緩む。
「変なこと言いやがって」
「何言ってんだか」
などと、心ないとも取れるような言葉がちらほら聞こえてきた。でも、
「どうしても行きたいんだよ」
サミーが食い下がってきた。いつも控えめなあのサミーが。唇をぎゅっと噛みしめ、目に意志の色を光らせた表情が、ジョンの胸に染みる。
「デレク」
呼びかけると、デレクはジョンへ顔を向ける。その眉間は微かに苛立ちで歪んでいた。
「どうしてなのか、話くらいは聞いてあげようよ」
「聞いたって答えは変わらない」
デレクがジョンの言葉を突っぱねると、すぐにダンが同調する。
「デレクの言う通りだ。遊びじゃねえんだから、行きたいなんて希望、通るわけないだろ」
「みんなで戦ってんだから、話くらい聞くのが筋だ」
声を上げたのはディッキーだ。二人が睨み合い、これまでよりはるかに空気が張り詰めた。
「ぼくは――」
薄い氷の上を歩くみたいにそっと、サミーが再び口を開く。
「話してもいいんだったら、話したい」
そう言ってデレクへ目をやる。彼の眉間は険しいまま崩れなかったけれど、しかし反論もなかった。ただ鷹のような目つきでサミーを見つめ返していた。無言の肯定を受け取ったサミーは、ゆっくりと話し始める。
「ぼくの一族は、昔から大きな湖とちょっとした土地を持っていて、そのおかげで不自由のない暮らしをすることができてたんだ。ものすごい金持ちってわけではなかったけど、そういう人たちとも繋がりがあったから、一定以上の教育も受けさせてもらえた。みんなにはあんまり想像がつかないかもしれないけど、そういう環境にいる人間っていうのは、ずっとその小さな社会で生きてくんだ。戦車に乗ることも、他の町や村みたいに飢えに苦しむこともない。普通はね。
ただ、代々受け継いできた私産だけで生活できない一部の大人たちは、工場で作った武具とか戦車とか、自分の土地で取れた農作物なんかを戦車乗りに売ってお金を稼いでいた。ぼくのおじさんがそうだったんだ」
サミーは言葉を切り、目を伏せた。垂れた前髪の隙間から少しだけ見える瞳は、思い出を探すように床の上をさまよっていた。
「ぼくの両親は、ぼくが本当に小さい頃に死んじゃったんだ。車に乗ってる時に追いはぎに襲われて、運悪く撃たれてしまったらしくて。それからはおじさん夫婦がぼくを引き取って育ててくれた。すごく良くしてもらったんだよ。おじさんたちには三人の子どもがいたんだけど、彼らと分け隔てなくぼくを育ててくれた。
でも、今から三年前、いくつかの戦車が乗り込んできて、武具を作るための工場を奪われてしまったんだ。それで仕方なく、持ってる土地で農業をやってたんだけど、うまくいかなくてね。どんどん生活は苦しくなっていった。
そんな時、うわさを聞き付けたのか人買いがやって来たんだ。おじさんはすぐに追い返したんだけど、それを見てぼくは――ぼくは、すごくやり切れない気持ちになったんだ。だって、ぼくはおじさんたちの本当の子どもじゃないのに、暮らし向きが全然良くならない中で、みんなと分け隔てなく育てられ続けてしまったんだ。すごく後ろめたい気持ちになって、悲しくて……。おじさんも、おばさんも、いとこたちも、みんなぼくのことを家族だって言ってくれてたし、きっとそれは心からの言葉だったんだと思うんだけど、でもぼくにはそういう善意が辛かった。うまく言えないけど、申し訳なくて申し訳なくて、仕方がなかったんだ。ぼく一人がいないだけで、生活はずっと楽になるはずだったんだから。
それでみんなに、掃除兵になるために出て行くって手紙を残して、人買いを追いかけた。近くに村があったから、まだそこにいるだろうと思って。そうやってデレクたちと同じ人買いの車に乗ったんだよ」
サミーはまたそこで言葉を切り、うつむいた。厨房の奥にある巨大な冷蔵庫が、ジーと唸るような音を立てている。何と言ったらいいか分からないのだろう、みんな黙って顔を伏せていた。しかし、
「それと今回の件と、何の関係があんだよ? お前の不幸話なんか興味ねえよ」
ダンが声を上げた。サミーは悲し気に目を細め、ちょっとだけ口角を上げた。
「君も理由の一つなんだよ、ダン。ぼくは掃除兵になっても、結局君に辛い仕事を押し付ける形になった。それに、たぶんぼくなんかよりもずっと君の方が仕事ができたからだと思うけど、君はずっとずっとたくさんの、大変な重労働をさせられてた。君は今でもそんな顔はしないけどね。君ほどじゃないにしても、ここにいるみんなはそうやって辛い仕事をこなしてきたし、ひどい扱いを受けてきた。でもぼくは……そうじゃなかったんだよ。掃除兵になる前から、ぼくは他人の犠牲の上に悠々と座ってた。そうするしかなかった。だから今回は――今回くらいは、みんなと同じように犠牲を払いたいんだ」
サミーの言葉が途切れると、それまで他の子と同じように下を向いてじっと聞いているだけだったデレクが、おもむろに顔を上げた。
「話は分かった。でもだめだ」
デレクは厳しさを湛えた目でサミーを見据える。
「悪いけどな、お前の気持ちのためにメンバーを決めるわけにはいかない。お前は年は上でも、戦い方については下から数えた方がずっと早い。そんな奴に大役は任せられない」
さっきとは違い、デレクの口調には僅かにサミーへの気づかいが感じられたが、それでもやはり拒絶の態度は変わらなかった。
けれど、ジョンはサミーを連れて行った方がいいような気がしてならなかった。ディッキーの代わりに。もちろん、普段通りのディッキーならば何の問題もないけれど、ランディたちに対した時の彼は……。間近であの怯えた姿を見たジョンは、どうしてもディッキーが大丈夫だと信じることができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます