第2話 ジョンの仕事場

 売り場には、少年たちの腰ほどの高さの細長い棒ざおに縄を渡して作られた四角い仕切りがあった。その中へ十一人の少年たちがぞろぞろと入っていく。周りには幾人かの男たちが集まってきており、見たことがないほどの巨大な戦車がいくつも停まっていた。

 その姿は多種多様。前後左右に大きい車両もあれば、塔のように背の高いものもあった。

 幅がある代わりに高さのない戦車は、キャタピラが車体のかなり高い位置まで回っていて、まるで戦車そのものであるような物々しい雰囲気を纏っていた。そういう車両は、通常、車輪がいくつも並んでいるはずのキャタピラの内側が硬い装甲で覆われていて、そこに出入口として使うハッチや視察口がいくつもあった。おそらく装甲の後ろには人々の生活スペースと共に、キャタピラを動かすための車輪が付いているのだろう。

 高さのある戦車は、キャタピラ部分に大きな建造物が積まれたような形をしていた。背の低いものに比べるとキャタピラのインパクトはないけれど、そびえ立つ巨人を思わせる車体は、やはり恐ろしかった。

 他にも様々な戦車があったが、すべてに共通しているのは、縦にも横にも九十フィート(約三十メートル)を越えようかという大きさであることだ。自分の暮らしていた家よりもはるかに大きなそのスケールに、ジョンは面食らってしまった。


「これが今回のガキどもだ。前みたいに女々しいのは、ほとんどいないから安心しろ」

 人買いは陰気そうな猫背の男に視線を投げると、にたりと口元を歪ませて「まあ、そういう奴がいいってのもいるがな」

 それから集まった男たちは仕切りに近づき、少年たちの体の上に視線を滑らせた。中には腕をつかんで、機械の動きの滑らかさを調べるようにひっくり返したり持ち上げたりする者もいた。ひと通り品定めを終えると、男たちは我先にと気に入った少年を仕切りから引っ張り出し、人買いのもとへ連れていった。

 デレクは一番初めに骨ばった体つきの大柄な男に選び出された。それを見た途端にジョンの胸に心細さが伸びてきた。大男はデレクの肩を乱暴に引っ掴んで人買いの元へ向かう。そこで一言、二言言葉を交わすと、金を払い、デレクを自分の戦車へ引き連れていった。異様な存在感を放つキャタピラの上に、車体が山のように切り立った黒い戦車だ。周囲には、闇よりももっと暗い影が落ちている。


 デレク!


 ジョンは心の中で叫んだけれど、デレクは彼を振り返ることなく戦車の中へ消えていった。


 ジョンはなかなか選ばれなかった。仕切りの中が、一人、また一人と減っていく中、彼はじっと待ち続けた。そうして残っているのはジョンと、あの車内で本を読んでいたもやしのような少年だけになった。

「お前だ。さあ、おいで」

 そう言ってジョンの肩に手を置いたのは、赤い団子鼻の男だった。人のよさそうな笑顔に思わずほっとして、すぐさま仕切りから出る。その時、ふと最後に残った少年のことが気にかかり、振り返った。彼は静かに口角を上げて応えてくれた。ジョンもできる限り顔をほころばせて返すと、急いで男の背を追った。

 支払いを終え、戦車に向かって歩く。徐々に近づく車体は、どちらかと言えば横幅があり、砂に紛れてしまいそうな黄土色をしていた。隣には比較的小ぶりの真っ赤な戦車が停まっている。二つ並ぶと派手な色に気を取られて、より大きいはずの黄土色の戦車がひどく控えめに見えた。赤い戦車には、ちょうど先ほどの猫背の男が少年を連れて乗り込むところだった。少し離れたところに、赤い戦車と同じくらいの大きさの青い戦車が停まっている。もやしのような最後の少年は、あの戦車に乗るのだ。


 団子鼻の男に連れられて前面の高い位置にあるハッチから黄土色の戦車に入る。内部を見た瞬間、ジョンは目を見張った。武骨で地味な外観からは想像ができない世界が広がっていたのだ。最下階から最上階まで吹き抜けになった大ホール。正面には上から下まで伸びる大きな大きなステンドグラスがあり、現代アートが施されて外光に淡く輝いている。外からはステンドグラスどころか窓が取り付けてあることすら分からなかったのに、どうなっているのかジョンには皆目見当がつかなかった。吹き抜けの途中にはいくつもの通路や階段がクモの巣のように張り巡らされている。ハッチへ続くその通路の一つから身を乗り出し、ジョンは階下を見下ろした。そこでは何十人もの人々が行き交い、新聞を読み、食事をとっている。天井を仰いでみると、そこにはドクロをかたどった照明が、キラキラと輝いてホール全体を照らしていた。こんなに豪華絢爛な光景を見たことがなかったジョンは面食らって立ち尽くした。その様子を見て、男が笑った。

「はじめはみんなお前みたいな反応するよ。村や町の子どもは、こんなの見たことないだろうからな。まあまあいい所だろ。でもお前の仕事はきついぞ」

 男は再びジョンの肩に手を置く。

「オレは戦車長のバードだ。まずはお前の寝床を教えてやる。迷子になると困るからな。その後、仕事のことを話そう」

 男――バード戦車長は近くにある階段へ歩を向けた。ジョンは慌ててそれに続く。

 最上階の砲塔と砲塔の隙間に、ジョンの寝床はあった。大ホールの煌びやかな装いとは打って変わって、ひどく粗末な作りだ。床は薄く錆び付いた鉄板でできており、歩くだけでガコンガコンと音を立てた。ベッドは小さく、あちこちに汚れがこびりついている。しかし、このくらいなら彼の育ってきた家と大差はない。

「あんまり様子が違うから驚いただろう? 悪いな。けど、戦車砲掃除兵の子どもにしちゃ、これでも恵まれてる方なんだぞ」

「大丈夫です!」

 ジョンははきはきと応える。

「ぼくの家もこんなもんでした。雇われの身ですごい部屋に通されたらどうしようって思っちゃいました。この方がいいです」

 バード戦車長が朗らかに笑う。

「仕事以外はここで過ごすんだ。下の階には行っちゃならん。残念だろうけど、中には掃除兵の子どもを良く思わない連中もいる。いじめられないためにも、ここにいた方がいい」

「分かりました。でも、バードさんはすごく親切ですね」

 バード戦車長は一瞬目を丸くして、それから声をあげて笑った。

「『バードさん』はよせ。『バード戦車長』だ。まあ、オレもずっと昔、掃除兵をやってたからな。辛さはよく分かる。少しでも楽にしてやりたいからな」

 それから眉を下げて悲し気な顔をした。

「隣に赤い戦車があっただろう。あそこにならなくて良かったぞ。あそこの奴らはみんなで寄ってたかって掃除兵の子どもを虐待する。だからどの子も半年も持たない」

「持たないって?」

 戦車長の口からため息が出た。

「死んじまうんだよ。飢えや暴力や過労や病気や――理由はいろいろだが半年経たないうちに死なせちまって、すぐに新しい子供を買うんだ。だから戦車を大きく改造する金がなくて、いつまでも小さいのに乗ってる」

 ジョンは胸がぎゅっと締め付けられるのを感じた。赤い戦車に乗り込む少年の姿が脳裏に甦ってくる。

「あの猫背の人ですよね? そんな風には見えなかったけど……」

「あいつ自身は弱っちいのさ。でも弱くて残酷な奴ってのは、自分より弱い奴をいじめるのが大好きなんだ。それにあいつはきれいな顔した子どもが好きでな。小柄でかわいい奴ばっかり選んでくよ」

 戦車長の話に胸が痛んだ。だが、すぐにあることに思い当たって、ざわわと肌が粟立っていく。

「あの黒い戦車はどうなんですか? すごく怖そうな人でしたけど」

 戦車長は、またきょとんとしてジョンを見た。

「あいつか? ひどいよ。戦車砲掃除以外にも重労働をさせる。でも、なるべく長く使うために食事はそれなりに与えるし、重労働させるのもそんなに珍しいことじゃない。最悪なのはその後だ」

 ジョンの背中に緊張が走った。一体どんな風にひどいというのだろう?

「大きくなって掃除兵として使えなくなると、殺して臓器を売っちまうんだ」

「そんな!」

 思わず声をあげていた。心臓が握りつぶされたようになる。まぶたが熱さでふくれ上がってくる。

「そんなのダメだ! 友達なんです。そこに行ったの」

 戦車長は怯んだように顔を歪め、目をそらした。

「ごめんな。悪いこと言っちまった」

 沈黙が降りてきた。廊下を歩く足音や両隣からのゴツゴツカンカンという金属音が響いてくる。しばらくして、戦車長は重い口調で説明の続きを切り出した。

「風呂は週一回だ。かなり汚れるから辛いだろうけど、水は貴重だからな。それ以外の時はタオルを置いといてやるから、それで体を拭け」

 はい、と消え入りそうな自分の声が聞こえた。


 戦車砲掃除は、確かにきつい仕事だった。

 仕事場となるのは砲塔だ。この戦車には三つの砲塔があり、それぞれに戦車砲が備え付けてある。戦車砲は主砲とその両サイドの機関銃からなっていて、ジョンが入り込んで掃除するのは主砲だ。

 砲塔に乗ってくるのは、ジョン以外に三人いた。戦車長と砲手が二人。

 この砲手はなかなかにきつい仕事のようで、戦車砲の操縦の他にも武具全般を担当していた。砲手たちは砂漠に点在する武具売りの所へ仕入れに行くのだが、戦車が巨大なのだから、装備されるものも必然的に大きくなる。だから、屈強な二人の男は定期的に商売人のところへ向かうと、盛大に肩で息をし、滝のように汗をかき、フラフラとしながら巨大な武具を担いで帰ってくる。この後、一年ほど彼らとともに過ごす中で、ジョンはそのことに気づいていった。

 それはともかく、この砲塔は大人の男が三人入り込むには、どう考えても狭すぎた。高さはジョンの背丈より低く、小さな円形の空間に、三つの座席とハンドルやレバー、そして備品らしきものがひしめき合うように並んでいる。中で作業するのは、せいぜい一人が限度のように見える。しかし、男たちは身を屈め、縮こまらせ、何とか体を小さな隙間に収めていた。

 だが、そんな窮屈さはジョンにはほとんど関係ない。彼は砲塔でを済ませると、すぐに戦車砲に入り込むのだから。

 しかし、その準備がかなり辛い。戦車砲の中はとにかく煤がひどいので、それに耐えられる皮膚を作らなくてはならないのだ。そのために、掃除兵の少年たちは肘と膝を布などで激しく擦られた後、そこへ塩水を塗り込められる。そうやって、一時的に強い皮膚を作る。目の粗い布に力を込めて肌を擦られるのは痛かったが、塩水を塗られるのはそれよりさらにひどかった。ジョンはぐっと拳を握りしめ、痛みと目の縁に滲んでくる涙を堪えなくてはならなかった。

 準備が済むと、戦車砲の蓋を開き、内部へ入る。円形の空洞をどんどん進みながら、専用の布で周りを拭いていく。中は煤と砂で呼吸もできないほどだ。最初の仕事の時などは、本気で窒息してしまうと感じて途中で引き返し、バード戦車長はじめ、男たちにこっぴどく叱られた。ひと通り怒鳴り終えると戦車長は言った。

「いいか、息ができなくて苦しいのは分かる。でも、それじゃあ全然掃除にならないだろ。水に潜る時みたいに息をいっぱい吸って止めろ。拭く作業はそんなに気にしなくていい。お前が通るだけである程度きれいになる。とにかく砲身の先まで行くんだ」

 絶対に無理だと思ったが、それでもやってみるしかない。ジョンは大きく息を吸って止めると、戦車砲に入り込む。どんどん進む。煤が顔にかかり、目がうまく開けない。服や下着、さらには耳や鼻にもざらざらとした汚れが入り込み、気持ちが悪い。呼吸が苦しく、少しずつ口から息が漏れていく。目をつむりひたすら砲身内部を進んでいくと――まぶたの裏に明るさを感じた。目を開けてみると――大きな空とまっさらな砂漠が広がっていた。砲身の先まで来たのだ。口にためていた空気を一気に吐く。風が汚れた髪や顔を撫でていく。ほっと心が晴れて、口元と目元が緩む。外の空気がこんなに気持ちがいいなんて、気がつかなかった。


「はじめてにしちゃ、上出来だ」

 砲塔内へ戻ると、戦車長がジョンの頭をポンポンと叩きながら言った。

「同じようにやれば大丈夫だ。慣れてきたら、布でこすりながら進め。あと気を付けるのは、発砲した直後は入らないってことだな。発砲すると熱で砲身が熱くなる。冷却装置はついてるが、それでも十分はおいとかないと、中に入れる温度にはならない。戦ってる最中はできるだけ早く掃除しなくちゃならん。自分で時間を計るんだぞ」

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