第1話 デレクとジョンの旅立ち

 デレクが「最悪のガキ軍団」を結成するに至ったのは、少年たちが争いの犠牲になり続けていたからだ。

 ジョンとデレクが生まれるよりずっと前、海が消え始めた。それまで、大きく変わることのなかった海面水位が、急激に低下したのだ。いったい何が起こったのかと、様々な分野の専門家が乗り出し、いくつもの仮説が立てられた。例えば、地下深くにあるマントルの亀裂が急増し、そこに海水が沈んでいったとか、地球内部が急速に冷えたことにより、プレートに含まれる海水を、地表へ押し返すマントルの力が弱まり、どんどん水が地下へ引きずり込まれてしまったとか。何が本当の原因なのかは判然としなかったが、とにかく、その頃から一気に地球の砂漠化が進んだ。

 賢い富裕層の多くは、海が沈み始めてすぐに湖を買った。もともと所有している広大な土地で農耕も可能だったため、彼らが飢えや渇きに苦しむことはなかった。

 けれど、ほとんどの人々には、そんなことできはしない。富裕層から供給されるなけなしの水と食糧を巡り争いが起こるのは避けられなかった。はじめは国と国、村と村が戦っていたが、次第に自ら食糧を得ようと移動生活を送る人々が増えていった。彼ら移動生活者は互いに衝突し、いつしか移動には戦車が使われるようになった。

 戦車はどんどん巨大化した。他戦車に負ければ食糧や水が奪われてしまう。なんとしても勝たなくてはならなかった。そこで、戦車乗りたちは、より強い力を求めて自らの戦車を改造した。世界は群雄割拠と呼ぶにふさわしい猛者揃いの砂漠へと変わっていったのだ。

 戦車が大きくなれば、当然、収納される戦車砲も大きくなる。そこで問題になるのが戦車砲の掃除だ。砲弾を撃つと戦車砲の中は煤だらけ。その上に砂漠での戦いなのだ。きちんと掃除しなければ、細長い砲身の中は砂と煤まみれで使い物にならなくなる。そのままでは中が詰まって破裂事故になりかねないのだ。だから戦車一台につき、戦車砲の掃除のための少年兵を付けて置くことが一般的だ。自ら中に入って砂や煤などの汚れを落とすには、大人では大きすぎるのだ。

 掃除兵の少年は、たいていが村や町から買われてきた。重労働な上に危険も大きい。みんな戦車で共に暮らす息子たちにやらせたいとは思わない。加えて村や町はどこも深刻な食糧不足に陥っていた。それで人買いが掃除兵の少年を探しに来ると、生活のために誰かしらが泣く泣く自分の息子を手放すのが常だった。


 ジョンとデレクもそうやって慣れ親しんだ故郷を離れた。


 当時十四歳だった二人の村に、骸骨のように目の落ちくぼんだ痩せ男がやって来た。彼は一人には大きすぎる軽装甲車で村の酒場に乗り付け、二、三杯酒をあおるとその場にいた男たちにこう告げた。

「オレは戦車砲掃除兵のガキを探してる。いくつか村を回って十人はほしいところだ。ここにも十から十五くらいのガキはいるだろう?」

「自分の息子を人買いに売る親はいない」

 そう言って立ち上がったのはジョンの父親だった。

「ガキ一人につき水百ガロン(三百リットル)とウサギ五匹と交換だ。当分の間は水と食糧に困らなくて済むぞ」

 父が、出ていけと口にしかけた時、奥の客席から声が上がった。

「オレの息子は十四だ」

 客たちは声の方へ振りむき、その主を探した。角の一段と暗いテーブルから一人の男がおもむろに立ち上がり、みんなの前へ進み出る。デレクの父だった。

「オレには二人の息子がいる。弟の方は病気で足が悪いが、兄貴の方は丈夫だし年の割に力もある。きっといい働き手になる」

「何言ってる!」

 ジョンの父がほとんど叫んで言ったが、デレクの父は構わずに人買いの男を見つめ続けた。男の口元がにたりと歪む。

「よし、明日にでもあんたのガキに会ってみるとしよう。使えそうなら交渉成立だ」


 その晩、屋根裏のベッドで聞き耳を立て、父が深刻そうに母に話すのを聞いていたジョンは、思わず布団をはねのけ飛び起きていた。

「そんなのダメだ!」

 彼が叫ぶと父と母は目を丸くして屋根裏を仰ぎ見た。

「デレクを人買いに売るなんて!」

 父の瞳の輪郭にまぶたがゆっくりと被さっていく。それにしたがい、驚きに代わって哀しみが下りてきた。

「気持ちは分かる。でもそれはデレクの父さんが決めることだ」

 優しい口調ながら、父の言葉は有無を言わさぬ力を持っていた。本当は何一つ納得などできていないのに、何も言い返せない。ただただ、心に激しい怒りや悲しさや不安が溢れてきて、でもそれを反論の言葉に置き換えることができなかった。

「そんなのひどいよ……」

 やっと出た声が、子どもの駄々のように聞こえる。余計に腹が立った。父はため息をこぼすと外へ出ていってしまった。

 二人のやり取りを見ていた母は、父の姿が消えると梯子を上ってきて、ジョンの焦げ茶色の髪をそっと撫でた。

「とにかく、今は寝なさい」

 ジョンは母の手を払いのけ、ごろんと背中を向けた。


 翌日の昼下がり、デレクがやって来て人買いと共に明後日村を出ると告げた。

「だめだよ……」

 ジョンはそんなことしか言えない自分が悔しかった。何もできないことが歯がゆかった。

「ごめんね」

 気がつくとそう言っていた。デレクはきょとんとしてジョンを見て、それから目を優しく細める。

「なんでお前が謝んだよ」

 ジョンの目から涙がぽろりとこぼれた。

「だって、ぼく何もできないから……」

 デレクはポンポンとジョンの肩を叩いた。

「オレは平気だよ。出発前にまた来るから」

 何か応えようと思ったけれど、言葉が出なかった。仕方なく、ジョンはこくこくこくと何度もうなずいた。


 デレクが発つまでの間、ジョンはずっと考えていた。母の家事を手伝ったり、ラクダの世話をしたりしながらも、じっと自身の心を見つめ続けていた。

 デレクを一人で行かせたくない。彼は弟のラリーをとてもかわいがっている。母親がおらず、父親は飲んだくれだったため、ラリーの面倒はずっとデレクが見てきたのだ。父と二人で残される弟のことが心配に違いないし、何より離れるのは寂しいはずだ。もしも――自分が一緒に行くことで、少しでもその寂しさが埋まるなら。心細さが和らぐなら。そう思った時、彼の意志は固まった。


「ぼく、デレクと一緒に行くよ」

 父と母に告げたのはデレクの出発前夜だった。

「戦車砲掃除兵になる」

 二人は目を見開いて驚きをあらわにした。徐々にまぶたが緩んでくると、父の目には怒りが、母の目には悲しさが映った。

「何言ってる!」

 父が凄みのかかった声を出した。ほとんど耳にしたことがない声音に心臓が震える。父は一度深呼吸してから、声を低めて言った。

「お前が行ったところで、どうなるわけでもないんだぞ」

「分かってるよ。分かってる。でもデレク一人で行かせられない」

「デレクが喜ぶとでも思ってるのか?」

 思わない。きっとデレクは怒るし、心を痛める。でもそれとは別に、きっと孤独や不安は和らぐ。二人の方がずっと気持ちが楽だ。

「もう決めた。止めたって行く」

 言い切ると同時にぴしゃりと頬をぶたれた。母だった。それまで黙って聞いていた母の口から、堰を切ったように言葉が溢れる。

「それはあなたが決めることじゃないでしょ。親友を助けるつもりになってるんだろうけど、それはあなたの自己満足よ。デレクだって傷つく。それに二人で一緒に働けるわけじゃないのよ。別々に売られて二度と会えないかもしれない。売られるまでのほんの僅かの間、一緒に過ごすためだけに人生を棒に振るなんて。その責任を親友に負わせるなんて。どうかしてるわ!」

 母の言葉の一つ一つが耳に痛かった。でも、その痛みは彼の急所までは届いてこない。彼のまっすぐな心は、デレクと共に行くことが正しいと信じて疑わなかった。

「何と言われようと、ぼくは行く」

 ジョンがきっぱりと言うと、母がまた口を開く。――が、言葉が出る前に父が肩に手を置き、首を振って制した。父はジョンをじっと見つめる。

「母さんの言うことは正しい。一緒にいられるのはほんの僅かな時間だ。そのせいでお前の人生が変わり、デレクはその責任を感じ続けるんだ。それでも行くっていうのか?」

 ジョンはまっすぐに父を見つめ返して頷く。

「少しの間だけでも、一緒にいられれば楽になる。その後だって、会えなくても同じように頑張ってるんだって思えるだけでずっといい」

 父は深く深く息を落とす。

「好きにしろ。でも、これだけは約束するんだ。必ず戻ってこい。掃除兵を続けられるのはせいぜい十五か十六までだ。一年か二年後、必ず戻ってこい」

 ジョンは父の目をまっすぐに見つめ返す。

「分かった」

 父は目を伏せると、また外へ出ていった。


 翌日、デレクが挨拶のつもりでジョンの家へ寄った時には、ジョンはすっかり身支度を整えていた。一緒に行くと言うと、案の定、彼は声を荒げた。

「何言ってる! オレは仕方ないから行くんだぞ。お前は違うだろ。なんで父さんや母さんの側にいてやらないんだよ」

「デレクだって、ラリーの側にいるべきだ」

 デレクの顔が悲しい怒りに歪む。

「あいつにはオレより薬が必要だ」

「君の父さんがちゃんと薬買うと思うの? きっと水とウサギを売った金を酒代にしちゃうよ」

「薬はもう買った」

 デレクはくるりと背を向けた。しかし、ジョンはついていく。

「もう決まったことだ。あの人買いと父さんが今朝話して。君が嫌がっても一緒に行く」

 デレクは一度立ち止まった。でも、振り返ることも声をかけることもせずに、すぐにまた歩き出す。自分を拒むその背中に、ジョンは小走りでついていった。


 男の軽装甲車が砂を巻き上げて走っていく。窓の外に舞うその砂埃を、ジョンは眺めていた。どこもかしこも同じようにただ砂に覆われているので、故郷からどれだけ離れたか分からない。それが逆にジョンの胸を冷たくした。気がつかないうちに二度と戻れないほど遠くへ運ばれてしまっているかもしれないのだ。故郷を後にした実感さえないままに。

 車に乗り込んでから、デレクは目を伏せて黙りこくっている。それどころか、身じろぎする気配すらしない。きっとまだ怒っているのだ。

 永遠のような沈黙の後、デレクがようやく口を開いた。

「ラリーは二日間、ずっと泣いてた」

 ジョンが顔を向けると、デレクは目を伏せたまま首に下げた紐を服の下から引っ張り出した。その先には小さな藁馬人形がついていた。

「ラリーがくれたんだ。クードウツの葉で編んでくれたらしい。『これあげるから、ぼくのこと忘れないで』って。オレは何も残してやれなかったのに」

「デレク……」

 声がこぼれたが、ジョンは言葉を続けられなかった。今になって、捨ててきたものの重さに気がついて、はっとしていた。


 軽装甲車はその後もいくつかの村に泊まった。二日、三日そこで過ごすと、少年が一人、また一人と増えていった。そうして、はじめは二人だけでがらんとしていた車内が、いつの間にか少年たちでぎゅうぎゅう詰めになっていた。

「お前、本読んでるのか?」

 無言の狭苦しい空間に、いかにも声変わりの途中という感じの掠れた声が響いた。彼の言葉通り、その隣で本を開くひょろっとした色白の少年が顔を上げる。

「そうだけど……」

 少年たちの何人かが目を丸くした。

「すげえ!」

「字が読めるのか?」

 少年はむず痒そうに小さくうなずいた。

 感嘆の声をあげる他の少年たちの傍ら、デレクとジョンは顔を見合わせていた。字が読めるほどの教養のある少年が、なぜ戦車砲掃除兵なんかにならなくてはならないのだろう? しかし、ここでそういったことを詮索するのもはばかられた。二人は目配せで何も言わない意思を伝え合った。

 最後の村を出てからしばらく走ると、少年たちの「売り場」に着いた。

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