六十三振目 刀剣売り口上

 これまでと重なりますが、刀剣売り口上で留意しておきたい点についてです。


【掘り出し物】

 一般的に「掘り出し物」とは、「思いかげなく入手出来た珍しい物や、思いがけず安価に入手出来た物」といった意味です。

 しかし、日本刀では「適正値段で入手出来る良品」といった意味となります。

 絶対に一般的な意味では思っていけません。

 まず珍品・名品などはコレクター間でやり取りされます。

 刀剣店が入手すれば、店頭に出す前に上得意へと紹介され売却されます。なにせお金持ちでよく買ってくれる相手です。名品や珍品を優先的に紹介するのは商売上の当然です。

 ですから、絶対とは言いませんが、市場に出る事はあり得ません。

 もちろん販売品の紹介を見ますと「珍品」「掘り出し物」といった言葉が附された品もあります。

 これは二つの可能性が考えられます。一つは単なる売り口上である場合。もう一つは、コレクターや上得意が買わなかった(悪く言えば食指が動かなかった)品という場合です。

 世の中そんなに甘くない。労せずして手に入れられる品は、既に美味しい部分がなくなっているという事です。


【蔵出し(ぶだし)】

 次に「蔵出し」ですが、これも一般的には「蔵に保管された品を取り出す事、蔵から取り出したばかり」といった意味です。また「生ぶだし」という言葉もありますが、これも意味はほぼ同じです。

 過去に何度も刀剣ブームがあり、今より遙かに高額で取引されています。(※1)それが今まで一度も世に出ていない事は基本的にはないと思っておくべきです。もちろん、そうした品もあるにはあるでしょうが、上記の「掘り出し物」と同様にして、良い品はお得意様の元に行ってます。

 そもそもですね、日本刀において「蔵出し」という言葉を附したところで何の意味も価値もありません。

 今まで世に出ていないから何でしょうか。それで値段が安くなるわけでも価値が高まるわけでもありません。鑑定書が附されていれば既に価値は定まっていますし、鑑定書が附されていないのであれば鑑定書が取れない品だと考えて下さい。

 「蔵出し」「生ぶだし」といった言葉で、今まで誰も価値を見いだしていない品を自分が入手できるのでは……といった期待を煽られませんように。

 そもそも本当に価値があるなら、まず売り手が先に高く売っています。


瑕疵欠点かしけってんのない】

 次に「瑕疵欠点のない」ですが、これも一般的には「傷や欠点など悪い部分がない」といった意味です。

 しかしながら、日本刀に関して言えば言葉の綾でしかありません。

 日本刀は折返し鍛錬にて作刀されているのですから、必ずどこかに傷(疵)が存在します。鍛え割れ、石気、肌荒れ等々がありまして、むしろ無ければ伝統的な方法以外でつくられた怪しい品と考えなければいけません。(※2)

 そして売る側と買い手の思う疵(傷)とは全く違います。

 買う側としては細かな鍛え割が気になりますが、売る側としては当然存在するものといった認識でいます。ですから「瑕疵欠点のない」といった言葉に、双方の認識違いが現れてしまうわけです。

 た、だ、し。

 売る時は「瑕疵欠点のない」とする店でも、買い取りとなると「ない」としていた部分が「ある」に変じ、買取り値段に反映してくるわけですが。


【大名登録】

 また「大名登録」という言葉ですが、以前にもあげましたが「S26.3月の登録証だから大名が登録した品です」といった意味合いです。

 これまた全く意味がありません。

 当初は登録が振るわなかったため、旧華族や旧大名家に要請し率先登録をして貰った事を逆手にとった売り口上です。

 S26.3末時点で庶民がどどっと登録に来て、東京都だけで三万以上の登録がされていますので、そうした名家の品より庶民の登録の方が遙かに多いです。

 精々がS26.3の10日までか、S26.2の登録に名家の品が多い傾向にあるぐらいでしょうか。もちろん、それ以後で名家の品も登録されているので意味ありませんが。

 さらに名家伝来品が名品であるかどうか、それ全く分かりません。昔は見栄と虚栄が優先された時代ですから、たとえ偽物であっても本物として扱われていたわけですので。良い例が吉光でして、各大名は吉光を一本は持とうとして、土佐吉光を粟田口吉光として扱っていたりするわけですから。

 なお、刀剣屋で「大名登録」などと話せば、「へーそうですか(棒)」ぐらいの対応。その後の扱い(上客かどうか)がどうなるか、想像するまでもないです。


※1

 刀剣ブームが過去には何度かあり、刀剣商が田舎を一軒ずつ尋ね歩き刀剣を探していました。その時に「○百万円で買うと言われた」などと記憶している老人も多いです。もちろん今では、そんな値段ではありませんが……。


※2

 日本刀は折返し鍛錬が行われ、その折り返した鉄と鉄が層になり接合しています。その層が肌となって現れますが、当然ながら接合の弱い部分もあります。そこが鍛え割れなどの疵となります。日本刀の製法上で必ず現れるものです。

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