六十四振目 マイナーながら名工、畠田派

 畠田派は備前国で活躍した鎌倉時代中後期の刀鍛冶です。

 畠田村に居住した事で畠田を名乗ったのか、畠田一族が居住したから畠田村なのか。卵が先か鶏が先かの感もありますが、福岡一文字守近の子である守家もりいえの興した一派になります。

 初祖となる畠田守家は名匠として有名であり、銘が「家を守る」といった縁起かつぎもあって、幕藩時代には好まれていたようです。弟子は多数存在しますが、畠田真守、畠田光守あたりが知られています。

 一文字系列という事で華やかな刃文を焼くわけですが、畠田の丁子は一文字のそれとは少し毛色が違い、重華丁子以外に頭が張って丸みのある蛙子丁子を焼きます。概ね時代が下がるほど丁子の形状が崩れているため、そうした変遷のはしりをどことなく感じます。

 何はともあれ備前刀剣王国の黄金時代を彩った刀鍛冶なのですが、同時代の一文字や長船が有名すぎるため、どうにも知名度が低く脇物わきもの鍛冶扱いとされています。


 この畠田村は長船村の隣村でありまして、特に畠田守家と長船おさふね光忠みつただ(備前長船中興の祖として有名)は仲が良い(確か両者の合作刀もあったはずと、うろ覚え)。

 技術というものは現代で考える以上に重要事項。

 異世界ファンタジーですと、フラッと現れた出所不明の主人公を簡単に鍛冶場に立ち入らせ、あまつさえ鍛冶道具を扱わせ、あげくには見ず知らずが口走る知識に感嘆し武器を鍛える展開があるかも(読んでないので知りませんが)ですが……現実では難しいでしょうね、はい。

 他者に手の内を明かし技術を盗まれては路頭に迷う。生きる糧を失えば死に直結するような時代。自分のみならず家族や一族を率い生きていかねばならない。これを簡単に他の一派へと教えたりしないのが普通。

 守家の子の守重と光忠の孫娘が結婚した記録もあり、隣村とはいえど一文字系列と長船系列とが仲良く交流した事実は、考えてみれば案外面白く感じます。


 そんな関係のため、守家と光忠の作風も非常に似ています。

 姿は光忠ほど豪壮ではないが腰反りが強い、刃文は丁子乱れに蛙子乱れで、光忠より華やか……などなど見分けるポイントはあるのですが、観ても区別がつきませんね。ええ、全く分かりません。

 なお光忠の初期作は派手さがないもので、これが「古備前光忠」として鑑定され、後期作で派手やかな刃文となると「長船光忠」として鑑定されます。

 この刃文の変遷はどうしてか……案外と一文字系である畠田守家の影響を受けた事が原因なのかなーと根拠もなく想像をしてみたり。


 なお畠田村で作刀する畠田派は本来であれば畠田住と入れるべきなのですが、銘には長船住と入れます。

 これは、それだけ長船の名にブランド価値があったという証拠ですね。

 似たような事例として、備後国古三原鍛冶も備州住(本来なら備後国住)と入れ産地偽装していますので備前のブランド価値が分かろうものです。


 そんな畠田派に多数存在する刀鍛冶ですが、刀剣書に記載されているだけで在銘品は殆ど残ってないです。

 では、畠田派の刀はどこに行ったか?

 これは来派と同じ事ではないかと考えられます。来派では来国俊や来国光の無銘品が妙に多数存在する一方で、来派所属の刀匠作が妙に少ない。

 ですから畠田派の作が磨上られ別の誰か(この場合は長船派)に極められた可能性が高いです。しかし逆に、長船系の主流派の無銘極めが難しい時(たとえば、光忠や国宗など)は、畠田守家や畠田真守に逃げて極められています。

 鎌倉後期における備前物の避難港の一つでありつつ、出来の良い畠田物は備前の上位作に極められている。なかなか面白い関係。


 畠田派の中で守家の次に評価されるのが、守家の子である畠田真守。

 真守という名は平安時代の大原真守を始めとして、古備前や青江や一文字にも同じ真守という名がありますが一般的に真守と言った場合は、大原真守か畠田真守を指しています。

 大名間でやりとりされる目録の中にも畠田真守の名前が確認(守家は当然として)できますので、幕藩時代はそうした評価や格式で捉えられていた名工です。


 一文字や長船に押されマイナー刀工扱いをされてますが、同時代の他刀工と比較すると充分以上に出来が良い。そして刃文も華やかで出来栄えも良いものです。

 特徴として重ねが厚い傾向にあるため、ガシッとして重厚感ある雰囲気を楽しむ事もできます。

 そんなわけで、畠田真守を観た感じですが……身幅広く重ね厚く反りの深く鎌倉末の姿を体現した大磨上無銘。地鉄は明るく小板目に小杢目でよく詰んで地沸が厚く付き、映りが明瞭に現れる。刃文は小沸出来、互の目乱れと丁子乱れに袋丁子が交じり華やか。(なお、これがデーモンルーラー2巻に登場させた刀のモデルにさせて貰いました)

 守家は面倒なので省きますが、刃文は蛙子丁子だけでなく重華丁子となって、かなりの華麗なものです。詳細は割愛。


 とはいえ、畠田守家、真守も市場にはあまり出て来ない。なお光忠は見たことがなく、逆に光忠の子や孫あたりの長光や景光、兼光などは(特に無銘品が)多く見かけます。

 概ねの値段傾向としては、

 畠田守家在銘刀の重要で650、畠田守家無銘脇差の特保で150

 畠田真守在銘刀の重要で500、畠田真守無銘刀の重要で350

 長光無銘刀の重要で800、長光在銘短刀の重要で1000

 景光在銘刀の重要で1000、景光在銘短刀の重要で800

 兼光無銘刀の重要で500、兼光在銘短刀の重要で600

 このような感じで、畠田物の扱いがなんとなく分かります。

 光忠の値段は不明ながら長光より上の評価(値段も出来も)は間違いないはず。そして、光忠と守家の出来は酷似しているわけですから……畠田派の作は、案外とお買い得なのかもしれません。でもまあ、充分に高いですけど。

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