戦力外通告
「な……」
月島課長は、今なんて言ったんだ?
拓真君が驚きで硬直している。
「うまく伝わらなかったかな? そのままの意味だよ。拓真君、私は君に死んで欲しいと思っている。冗談じゃあなく、本気でね」
「月島課長、それはどういった事で――」
「舘山寺君も少々黙っていたまえ」
月島課長がこちらを見る目は、冷たく鋭く。無慈悲な目をしていた。
「拓真君。君はさっき四人のミュータントに負けたね。確かに意外な手段で攻めてきた。不本意なやり方で窮地に立たされたが。だがよく考えてみよう、あの時、私の待機命令を無視して飛び出した、舘山寺警部補が間に入らなかったら、君はどうなっていただろうね? 冷静になって考えてみよう……明らかに、君は死んでいたよね? ミュータント達にあっさり殺される所だったんじゃないのかな?」
拓真君が目を丸くして、顔色が蒼白していく。
「君は、今さっき殺されるところだったんだよ? 自覚できていないのかな?」
月島課長のその声は、冷たく突き放すように、そしてとてもはっきりとした冷静な声だった。
「それから、君がエルガイアとかいうミュータントに変身できるようになってからこの二ヶ月。ずっと機動隊員たちの中で揉まれていたようだが……君、何も身につけていないよね? ウチの機動隊員たちと一緒に体を動かして、君は一体何を学んだのかな?」
「え、あ……えと?」
「何も学べていないよね? 少しだけ見させていただいたが、君、未だに誰にもかなわないんだよね? もう二ヶ月間も一緒に組み手や乱取りをしているのに、未だに誰にも勝てないままなんだよね?」
「…………」
「君、才能が無いよ。だってまともに戦えていないんだから。さっきもそうだった」
「いや、でも今回は――」
「いい訳はいらないよ。事実、君は何も出来ずに殺されかけて、ウチの部下が命を張って守ってもらい、助かった」
「課長!」
俺の声も無視して、月島課長が拓真君に畳み掛けるように言い続ける。
「うん、それに、この街にミュータントがやってくる。その元凶は間違いなく君なんじゃないのかな? エルガイアという君がいるから、君を倒そうと、ミュータントがやってくるわけで。君がそもそも居なければ、ミュータントもやってこないし、一般市民にも食われるという実害も出なかった。……違うかな?」
「月島課長!」
俺は月島課長につかみかかった。
「拓真君は確かに、ミュータントと同じような姿の、エルガイアと言う存在になれます。ですが、拓真君もこの街に住む、自分たちが守るべき一般市民と同じです。そして今まで唯一対抗できたのが拓真君だけだったんです。だから協力して撃退しなければならないのではありませんか!」
「ふむ……どうやら考え方から君と私は違うようだね。舘山寺警部補、たしかに君の意見はその通りだと思う。それで、その台詞はどの教科書の何ページに書かれてあるのかね?」
「ふざけないでください!」
「ふざけてなどいないよ、私は本気で言っている。エルガイアたった一人を狙ってやってくるミュータントという、人を食べる化け物たち。この少年たった一人の為に、何人の一般市民が今まで犠牲となり、これからも何人が犠牲になるのかね? しかもこんなに弱く、状況も冷静に考えられないほどの無自覚者。これを呆れずにいられるものか」
「…………」
何も、言い返せなかった。
その通りだった。その可能性、事実は確かにあった。ただ、俺たちはそれを見ていなくて、認めたくなかっただけで……。
「いい加減離してくれないかね? 舘山寺警部補」
脱力するように、俺は月島課長に掴みかかっている手を解いた。
こほん、と咳払いをして、月島課長は再び拓真君に向き直った。
「君が、今までどうやってその命をつないで、さらに化け物たちを退いてきたのか。もう一度よく考えてみようか? 君独りの力で、勝てていたのかね?」
月島課長が「聞こえているのかな? 拓真君?」と訪ね、拓真君が我に返ったようにはっとなった。
「あ、はい……」
「ふぅむ、どうやら考えを整理する時間が欲しいようだね。ここまでにしよう。死ぬ気になったら、なるべくミュータント達の前で、確実に自決する姿を見せたほうが効果的だと思う。……ああそれから、もうウチの機動隊員たちと特訓するのはもうやめてくれ。大事な時間が無駄になる。二度と来ないでくれ」
そして、ピクリとも動かなくなった拓真君を無視し、月島課長はこちらに向いた。
「では舘山寺警部補、木場警部補。これからミュータント達は我々で対処をする。このような何の才覚も無い惰弱なエルガイアの力に頼らず。我々警察の力でミュータント達を屠り、市民を守る。いいね」
そして最後に、「ではこれ出失礼する。舘山寺警部補、木場警部補、署にもどろう」と告げて、月島課長は去っていった。
「……拓真君」
「あの、舘山寺さん」
今まで気配を隠していたかのように、静かだった倉橋優子君がこちらに尋ねてきた。
「あの頭でっかちはなんなんですか?」
ごごごごごごごご……
彼女は静かに、怒っていた。
ひと撫でしただけで、今にも激しく噛み付いていきそうな胸中が暗に見えている。
「先輩は私が見ておきます。二人はもう帰ってください」
彼女が、念を入れて「お願いします」と付け足した。
「あ、ああ……わかった」
「気にしないでね、拓真君、優子ちゃん」
まずい、こんな状況と自分の立場から察するに、俺たちが拓真君に声をかけても何にもならない、もしかしたらさらに追いつめてしまう可能性もある。
それに優子君がいつ怒りが暴発しかねないほどに空気が張り詰めている。
いったん離れたほうがいいだろう。
「じゃあ、俺たちも署に戻る。優子君。あとはお願いする」
「……はい」
これから一体どうなるんだ?
背中に凄まじい寒気が走り、俺と木場は逃げるように病室から去った。
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