静観

 夕方。


 溜まっていた始末書を書いている中、月島課長と道場を見に行くことになった。


 今頃は拓真君はやってきて、機動隊員たちを特訓している最中。その姿を月島課長が見ておきたいといったのだった。


 道場から聞こえてくる気合の声に混じって、ドタンバタンと、拓真君が張り倒されているだろうと推測する。


 月島課長と道場の入口に立ち、道場の中を見る。


「はあああああああ!」

 ドタン!

 拓真君が道場服を着て機動隊員の一人に床へ張り倒された。


「ありがとうございます! もういっちょお願いします!」


 拓真君。先日のミュータント達、エルガイアに強い復讐を持った者たちの襲撃に対して、あんなに傷ついていたのに、もう気持ちを切り替えたのか、懸命に体の出来上がった機動隊員たちの中心で必死に挑んでいる。


 メンタル面では配慮する必要は無かったようだ。それに、負け続けていても、まだあんなに気力を出している。宣言された赤い牙という、ミュータントの精鋭部隊がやってくる。


 落ち込んでいる暇はないと、悟っているのだろう。


 月島課長が尋ねてきた。


「舘山寺君、彼が拓真君かね?」


「はい、そうです。最初の頃はすぐにへばってしまう体でしたが、今ではあのとおり、多くの機動隊員と組み手と乱取りについていっています。体力面でも精神面でも、彼はどんどん力を付けていっています」


「始めてからどれくらい経つのかね?」

「そろそろ二ヶ月くらいになりますかね」

「……ふむ」


 冷静に、きつく尖ったような瞳で拓真君を眺める月島課長。

 ドスン!


 また拓真君が、相手の体落としに引っかかって床に叩きつけられる。まだ未熟な体つきの拓真君と、鍛え抜かれた機動隊員たち……体格差もありながら、技術も体力も段違い格上の相手に、何度も倒されながら、そのたびにすぐに起き上がって挑み続ける。


「…………」


 その光景を、月島課長が黙ってみている。その顔はまるで値踏みしているようだった。


 バタン!


 拓真君がまた倒された。だがすぐさま立ち上がり、「次、お願いします!」と叫ぶ。


「ふむ……」

「どうかしましたか? 課長」

「いや、なんでもない事だ。気にしないでくれ」

「はあ……」


 俺から視れば、今まで武道どころか運動部にさえ入ったことのない彼が、たくさんの戦いを超えて成長していくその姿は、敬服するほどだったが、月島課長は何か不満そうな雰囲気だった。


「……もういい。戻ろうか」

「拓真君と会っていかないのですか?」

「ああ、邪魔したら悪いからね」

「もういいんですか?」

「ああ、もういい。私は戻るよ」


 そう言って、月島課長はきびすを返して道場から去っていった。


「舘山寺君、速く始末書を片付けてくれないかね?」

「あ、はい。分かりました」


 今は頑張っている拓真君の邪魔をしないほうがいいだろう。強敵たちはもうすぐそばまでやってきている。やることをこなして、早く拓真君……エルガイアに変身できる唯一台頭にミュータントと戦える彼と、赤い牙対策の打ち合わせをしよう。

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