夢と真実と未来と来未

※ ※ ※


 その後も来未の異常は続いた。


 会話の最中や歩いてる途中にフリーズしたように止まったり、胸から駆動音が聞こえたり。……そのたびに来未は誤魔化したが。


 一方で、選考は二次、三次と発表が続き――なんと、俺たちは全員四次選考まで進んでいた。もちろん、発表のたびに俺たちは(来未も含めて)歓喜に震えた。


 だが、目に見えて来未の症状は悪化している。毎日のように部室に来てたのに、ここのところは家で寝ていることが多かった。しかも、あれだけ食べていたご飯の量が極端に減っていたのだ。


 もうこれ以上、座視できない。俺は、来未に訊ねることにした。


「……もう隠しても無駄だからな。来未、お前……アンドロイドとかロボットみたいな存在なんだろ? あれだけ心臓から駆動音みたいなのさせて、言い逃れなんてできないぞ。……あのな……俺は、責めてるんじゃない。俺は、来未が子孫じゃなくてもアンドロイドだったとしてもいいんだ。ただ、お前……明らかに弱ってるじゃないか。ぜんぶ……話してくれ。お前にいま起こってること……教えてくれ。お前の力になりたいんだ」


 俺が真剣な表情で言うと、布団で寝ていた来未は俺の顔をじっと見て――。


「……わかったわよ……ぜんぶ、新次に話すから……すごいネタバレになっちゃうけど……それでもいい? 新次……ネタバレ……嫌いなんでしょ……?」


 いつか来未とかわした会話。そのときに俺はネタバレを回避して誰と結婚するかを訊ねなかった。来未の顔が妻恋先輩に少し似ていることから、うすうす……わかってはいるが。


「この場合は、ネタバレでもいい。……お前のことを教えてくれ」


 俺の言葉に、来未は一度目を閉じる。そして、「わかった……」と応えて、真剣な表情で俺を見つめた。


「新次……タイムマシンってどこにあると思う?」

「タイムマシン……? えっ、どこかに隠してあるのか? 雑木林の中とか、あるいはどこかに埋めてあるとかか?」


 そんな俺の答えを聞いて、来未は微笑んだ。


「あんた、作家志望者なんだから、もっと発想力なきゃだめじゃない……。正解は……ここっ。あたしの身体の中」

「なぁっ――!?」


 俺は驚きのあまり大声を上げてしまった。身体の中にタイムマシン――!?


「驚きすぎ! ……でも、あんたSFとか苦手そうだもんね。アホみたいなギャグばかり書いてるし、数学15点で赤点だったし……ふふっ」


 そう言って、最初に出会ったときのことを思い出したのか来未は笑う。

 そして、俺に向かって『ネタバレ』を話し始めた。


「……あたしがアンドロイドっていうのは、半分間違ってる。……あたしがあんたの子孫、末広来未なのは本当。……でもね、あたし一回、全身を難病に冒されて死んでるの。でも、あたしのお母さん……末広刹那(せつな)がすごい天才科学者でさ、あたしをアンドロイドとして生き返らせたの」

「はああっ!?」


 俺の子孫から天才科学者が出たのか!? それに、死んだのが生き返った!? 想像を遥かに超える事実に、俺の頭はまったくついていけない。


「信じられないでしょ? 数学赤点くらってたあんたの子孫から世界一の頭脳を持つ科学者が出るなんて。突然変異ってあるんだろうね。……でもね、お母さんの科学力を持ってしても、一度死んだあたしを完全に甦らせることはできなかった。どんなにがんばってもさらに生きられるのは半年以内。ただ余命が増えただけ。……でも、それでもよかった。……あたし……お母さんに頼んだの、余生は過去の世界に行って過ごしてみたいって。どうせ死ぬなら、最後に、家に保管してあったあの日記を書いてた人――末広新次っていう先祖に会ってみたいって」


 俺は、来未の話を一言でも逃すまいと身を乗り出して聞いていた。


「……お母さんはタイムマシンの技術を秘密裏に発明したけど……それは人間の身体にその技術を組み込むことが前提。その世界初の例が、あたし。どうせ身体の中ボロボロだったからね。……あたしが大食いだったのは、活動するために普通の人間よりも多量のエネルギーが必要だったから。……とりあえず、これがあたしの身体の秘密と、過去の世界へ来た理由。本当はタイムマシンのエネルギーがギリギリもつ一ヶ月だけこっちにいて、そのあと未来へ戻って今度こそ死ぬ予定だったんだけど……なんかこっちの生活楽しくなっちゃってさ……それに、新次の送った賞の結果知りたかったから……」


 ふぅ……と息を吐いて、来未は話を止めた。


「そ、そんな……そんなこと……あるのかよ」


 俺はうろたえていた。こんなアホみたいな駄メイドに、そんな壮絶な過去や秘密があるとは思わなかった。


「なんとかならないのかよ……お前が助かる可能性は……」

「天才科学者のお母さんが言ってたんだから、無理じゃないかな……なんか体がおかしくなってきてるのわかるし……やっぱり、タイムマシンはまだ試作段階で、無理があったから……。……ね、あたしが完全に止まっちゃう前に……最後のネタバレ……していい? 未来の末広新次がどうなったかを」

「……ああ」


 俺は、頷いた。自分の将来を知ることはタブーかもしれない。だが、来未が最後の力を振り絞って話そうとしている。なら――聞くのが俺の務めだ。


「思いっきりネタバレ……ごめんね。あたしの四代上のご先祖さま……末広新次は今から十六年後のIWB文庫新人賞で大賞を受賞したの。でも、内定の電話が来る日に歩道で幼女をかばってトラックに轢かれちゃって死亡。享年三十三才。受賞の電話は希望おねーちゃんがちゃんと受けたから、あんた受賞できたんだから感謝しなさいよね? それで……死後、出版された小説は最初で最後の遺作として取り上げられ異例の大ヒット。死の三年後にアニメ映画化され、興業収入年間一位を記録」


「…………嘘だろ?」


「ここに来て、嘘言うわけないでしょっ……あとね、あんた実は結婚はしてなかったんだけど、内縁の妻は希望おねーちゃん……希望おねーちゃんは国語の先生になって、書店でアルバイトして小説家を目指すあんたを支えてた……あんたが死ぬ前に希望おねーちゃんに宿した種があたしのひいおばあちゃん。……おまけに言うと、明日菜姉ちゃんは大学在学中にライトノベル作家としてデビューして、日本を代表する売れっ子作家になったよ……」


 俺の知らない俺たちの未来の話に俺はただただ呆然とする。


「……あんたが受賞してプロ作家になれたら希望おねーちゃんと結婚するみたいだったらしいけどね……あんたが死んだあと、希望おねーちゃんは生涯独身。とはいっても、希望おねーちゃんは39歳で病死……ひいおばあちゃんはあんたの両親に引き取られて育ったの。……あとは、明日菜姉ちゃんがひいおばあちゃんに小説を教えて、ひいおばあちゃんが高校に入ってからは一緒に住んで色々と小説の指導をしてたみたい……それで、ひいおばあちゃんもベストセラー作家になった。……あんたとひいおばあちゃんにとって、希望おねーちゃんと明日菜姉ちゃんは生前も死後も面倒見てくれたすごい恩人だったんだから。ちなみに、明日菜姉ちゃんは独身のまま六十歳で死去。……こんなところかな」


 そこで、来未の胸からガガガ……ガリガリガリ……という異常音がする。


「んぐっ……さ、最初は……余生をあんたんとこで過ごして、だめな先祖を早く一人前にして希望おねーちゃんとくっつけよーとしたんだけどね……でも、ほんと、こんな歴史が変わっちゃうとは思わなかった。まさか全員最終選考まで残るなんて……。本当のあんたは、高校時代に一次通過できなかったもん……日記によるとね」


 過去へやってきた子孫によって、俺たちの人生は本当に激変したのだ。


 しかし、今の俺の心にあるのは来未をどうにか助けたいという思いだった。賞なんて、また送ればいい。でも、来未は――。


 そこで――。俺の携帯電話が着信してバイブレーションし始めた。

 しかし、今そんなものとってるわけにはいかない。無視する。だが、


「取りなさいよ……出版社からかもしれないじゃない」

「い、いや……お前が今そんな苦しんでるのに――」


「とりなさいよっ! あたしがなんのために、ここに来たと思ってるのっ!? ぐっ……あ、あんたが受賞するのを見届けるために、ここへ残ったんだから……とりなさいよ、電話……っ!」


 来未から怒鳴られて、俺は電話をとった。そして、プッシュボタンを押した。


「夜分遅くにすみません。わたし、IWB文庫編集部の須田と申します――」


 それは――来未の言った通り、出版社からの電話だった。


「IWB文庫新人賞の件でお電話させていただきました。末広新次様でいらっしゃいますでしょうか?」


 まるで現実感なんてなかった。来未のことも、そして、この電話も――。


「は、はい……末広新次です……」


 俺は震える声で答える。


「内部で行われた最終選考の結果が出まして、末広さんの応募作『俺の現在は彼女たちに左右されている』が銀賞に選ばれました。おめでとうございます」


 ――夢なんて、叶うはずないと思ってて。

 ――作家なんて、なれないと思ってて。

 ――ずっと、ワナビのまま終わるかもしれないと思ってて。


「これから担当編集者と一緒に打ち合わせをして、改稿ののち出版を目指していくという形になりますが――これから作家としてやっていく意志はありますか?」


 その最後のクエスチョンに――。


「……もちろん、作家としてやっていく意志はあります。ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


 俺はまだこれが夢なんじゃないかと疑いながら、答えた――。


 そんな俺を見て――来未が笑顔を弾けさせた。両手を布団から出してガッツポーズして、涙を浮かべて、それなのにすごい嬉しそうで――俺よりも喜んでくれていた。



「……はい。それでは、よろしくお願いします。……失礼いたします」


 俺はその後も編集部の人と十五分ほど話をして、向こうが通話を切るのを確認してから、通話を切った。


 これから、作家になるために――本を出すために、まだまだやるべきことはある。だが、俺は確かに大きな一歩を踏み出した。


 そして、編集者からは驚くべきことを告げられた。大賞は「未来へ~新しい明日は希望に満ちている~」の希丘望。金賞は、「過去からやってきたヤンデレ少女が『世界』にログインしました」の明日昨夜。


 俺たちの住んでいる地域が近く、高校も同じだったことで、編集者から尋ねられたのだ。俺たちが同じ文芸部だということを知って、こんな偶然ってあるんですね……」と驚いていた。そして、「同じような文体でしたら、一人が書いたのかと疑うんですが、ぜんぜん作風違いますものね」という裏話もされた。


 そりゃ、同じ高校の文芸部から同時に三人の受賞者が出るなんて過去にないことだろう。俺たちは――まさかの全員受賞という奇跡を成し遂げたのだ。


 だが……俺の心は晴れていない。


「来未……マジでお前すごいぞ……全員受賞なんて、本当に奇跡中の奇跡だ。俺たちの人生をを滅茶苦茶変えちまったじゃないか」


「えへへっ……♪ やっぱりあたし、幸運の招き猫だったよね? うん……あたしも……すごくうれしいっ……みんな、未来の世界であんたが死んでからかなり精神的にまいっちゃったみたいだからさ……ふふふっ♪ これで思い残すことないかな……この四カ月、本当に楽しかった……もしかすると結果出るまで生きられないかもって思ってたから……最後に新次たちが受賞できること確定してよかった……♪ ……でも、これからもっとがんばりなさいよね、新次……。あんた、まだまだなんだから」


「……ああ、お前のおかげで掴んだ夢だ。絶対に無駄にするもんか……なぁ、本当になんとかならないのか? 俺は、俺は……お前がいなくなるなんて嫌だ。ずっと一緒に暮らしたいっ! 来未は俺の子孫だろ!? 妹だろ!? 俺より先に逝くなよっ! そんなのメチャクチャじゃねーか!? ……そんなのっ! そんなの、ねぇだろ! おかしいだろっ!?」


 俺の瞳からは涙が止めどなく溢れた。

 受賞を聞いたときには出なかった涙が、どんどん溢れてくる。

 ポツポツと……来未の頬が俺の涙で濡れていく。


「……新次……ありがとう。あたしのために泣いてくれて…………それで十分だから……みんなと一緒にいた四カ月……本当に楽しかったから……それに、ファーストキスもできたしね……あたし、幸せだったから……」


「待てよ、死ぬなよっ! 俺、売れっ子作家になってお前にこれからもっともっといいメシ食わせるからさっ! だから、死ぬなよっ!? おいっ! メシだぞ、ごはんだぞ! これからもっといいもの食えるんだぞっ!」


「…………新次………最後に……キスして……?」

「えっ……あ……」


「……最後に、キスして……? そうすれば……あたしの物語……ハッピーエンドな気がするから……」


「く……来未…………あ、ああ……わかった」


 俺は……来未の唇に自分の唇をゆっくりと重ねた。


「んっ……」


 来未も唇を俺に押しつけるようにして、キスをした。

 先祖とか子孫とかそんなものを超えて――俺はひとりの女の子とキスをした。


 そして、十秒ほどしてから唇を離す。その瞬間――。

 カクッ、と。


 来未の首が倒れた。そして、涙が一筋――来未の瞳から流れていった。

 でも、口元はごはんを食べたあとみたいに満足げな笑みで――。


「来未……?」


 もう、俺の言葉が届かなくて――。


「来未……!」


 駆動音もしなくて――。


「来未いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 俺は来未の顔を強く抱き締めながら――叫んだ。


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