異変
※ ※ ※
一次通過発表の夜。
「よーし! 今日は宅配寿司でもとるか! お前、前に食いたがってたろ?」
家に帰ってきた俺は来未に顔を向けた。だが――。
「……」
椅子に座った来未はなぜか目を見開いたまま、微動だにしない。
遠くを見るような目で、しかも虚ろなようにも見える。
表情豊かでいつも活発な来未とは思えないほど――それは異質だった。
「お、おい、どーした? 具合悪いのか!?」
俺は来未の異変に気がついて、呼びかける。
「…………」
しかし、来未はまるでマネキン人形のように動かなかった。
「おい、来未っ! 大丈夫か!? 返事しろ! ふざけてるんだったら、やめろっ! 冗談にしてはタチが悪いぞっ!?」
あの来未が。騒がしくていつも無駄に元気がありあまってる来未が――まったくしゃべらない、動かない。俺の焦りは強くなる。
「くっ、救急車か――」
俺はポケットから携帯電話を取り出す。この危急の事態に身分の証明がどうこう言ってられない。
そして、番号を押そうとしたところで――その『変化』は起こった。
――キュィイイイイインン……キュイィイイイイイイイィンンンン……。
まるで、古いパソコンを起動させたときのような駆動音。
それが、来未の身体から聞こえてきたのだ。
「はぁっ――!?」
あまりの事態に俺は、携帯を取り落した。
ガツン! と床に落下して不快な音を立てる。
その間にも――。
――フィイイイイイイイイイイィ―――ン……
謎の音が、来未の胸のあたりから響いた。
依然として――来未の表情は、虚ろなまま。
……俺は幻聴幻覚でも、見ているのだろうか?
目の前のことを、ただ茫然と眺めていた。
やがて――来未の虚ろだった瞳が、徐々に輝きを取り戻していく。
「…………あ……れ?」
来未は目をパチパチさせると、キョロキョロとあたりを見回し始めた。
そして、俺と目が合う。
「新次……?」
「来未……?」
さっきまでのはなんだったんだ。
気のせい……ではないはずだ。
俺は、確かに異常な音を聴いた。
携帯も床に落っこちたままだ。幻聴でも幻覚でもないはずだ。
「来未……、お前いま胸のあたりから変な音してたろ? なんだ、どうなってんだ?お前、まさか……アンドロイドとかそういう存在なのか?」
これまでの来未の生態については色々と疑問に思うことはあった。
異常にメシを食い、それでまったく太らない。
あとは、温泉地で石段を昇ったときに不自然なほどに息が切れていなかった。
あれは体力があるとかで片づけられる問題ではない。
そしてなにより――こいつは、未来から来たのだ。
つい日常として受け入れて生活していたが、それは異常なことなのだ。
特別な存在でもおかしくない。
そう。たとえば、ただの人間ではないという可能性だって――。
「……っ」
来未は俺の疑問にギクッとしたような表情を浮かべたものの、すぐに首を左右に振って否定してきた。
「……な、なに言ってんのよ、バカじゃないの!? あんた、小説の読みすぎで幻覚でも見てるんじゃないの!?」
「いや、いま確かに……お前、胸から駆動音みたいなのが」
「き、気のせいに決まってるでしょ! ほら、そんなことよりご飯! ……あっ、この宅配寿司食べようよっ! あたし、前から食べたかったんだ!」
さっき俺が来未に見せようとしたチラシを手に取る。
思いっきり、誤魔化そうとしている。だが……こんなに必死になって隠そうとしている来未に対して、これ以上追及することができなかった。
「……。……ああ、そうだな……宅配寿司頼むか」
俺は、目の前の疑問から目を反らして、落とした携帯電話を手に取った。
これでいいのか……?
でも、俺は――来未の触れてほしくないというような表情を見て、やはり追及することができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます