先祖の原稿を読む子孫~創作の原点~

※ ※ ※


「新次! 原稿早く読ませて!」


 家に帰った来未はさっそく俺に原稿をせがんできた。ちょっと前まで食い物のことしか頭になかったのに、変われば変わるもんだ。


「少し休んでからでいいだろ?」

「ううん! ごはんよりも原稿! 早く読みたくてしかたないんだもんっ!」


 天変地異の前触れだろうか。こいつが食事よりも別のものを求めるとは。


「わかった、でも、疲れたら休めよ? 小説読むのってけっこう体力消耗するから。メシはできたら呼ぶから、部屋で読んでろ」


 そう言って、俺は鞄から原稿を取り出した。蔵前が読み、妻恋先輩が読み、来未の手にバトンタッチされる俺の原稿。来未が応募前最後の読者だ。


「ありがとっ! それじゃ、読んでくるから!」


 来未は遊べるとわかってはしゃぐ子どものように俺の原稿を抱えて自室へ向かった。俺は親子丼を作る作業を開始した。ほんと、娘でもできたような気分だ。



「ごちそーさまっ!」


 来未は俺の親子丼をさっさと食べると、また自室に戻っていった。


「もっと味わってくえよ……」


 まぁ、ここまで夢中になって読んでもらえるならいいのか。


 来未の部屋からは、「あはははっ!」という笑い声や「ぷっ、なにこれっ、頭おかしいんじゃないのっ?」とか独り言が聞こえた。楽しんでもらえてるいるようでなによりだ。ギャグを書く俺としては『頭がおかしい』は最高の褒め言葉だ。


 だが、来未――後半はどうかな?


 やがて、来未の部屋からは笑い声はしなくなる。ただ、ペラ、ペラ……と、紙をめくる音だけが響いた。


 俺の創作は、前半で笑わせて――後半で泣かせる。


 前半で笑わせてキャラを好きになってもらうことが第一。キャラを好きになってもらえないと、後半でいくら感動的なストーリーに持っていっても、読者はついてきてくれない。感情を揺さぶるためには、まずは笑わせて心をほぐすことが第一だと思っている。


 あの時……つまらなさそうにブランコを漕いでいた女の子に、いきなり泣ける話をしてもだめだったろう。まずは面白い話からするからこそ、俺は彼女の――幼かった蔵前の心を開いて楽しませることができたんだと思う。笑いは、偉大なのだ。


 そんな昔の日々を思い出しているうちに――時間は経過した。


 来未の部屋のドアが開き、廊下を歩いてくる音。そして、俺の目の前まで原稿を抱えながらやってくる。


「……新次、やるじゃん」


 そこには少し瞳を潤ませた来未がいた。


 さすがに妻恋先輩のように号泣させることはできない。蔵前と比べると、文章力やストーリーラインの綺麗さは負けるだろう。だが――


「なによりも、すっごく笑えた!」


 そう。俺が聞きたかったのは、この言葉。


 俺は、とにかく人を笑わせることが好きなのだ。元気がない女の子を励ますために、必死で頑張って笑わせようとした――それが俺の創作の原点なのだから。

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