創作は長き石段を昇るがごとし~神社からの眺め~
「神社って……え? まさか、ここを登るのか」
俺たちがやってきたのは、見ているだけで生きる気力が失われそうなぐらい長い、長い、石段だった。ゆうに三百段以上あるだろう。石段をすべて登る前に、一足先に昇天してしまいそうだった。この神社はちっともユーザーフレンドリーじゃない。
「ふだん運動不足の身には、キツイのだが……」
「す、すごい石段だね…………」
ザ・文科系の俺と妻恋先輩は、早くも及び腰だ。
「……蔵前。お前も、文科系だらふに」
「これぐらい登れないようでは、創作の神様は助けてくれませんよっ! 昇りましょう!」
うむ。蔵前さん、ぶれない。これぐらい芯が強くないと、だめだな、俺も。
「んー、食後の運動にはいいかもね~」
来未の奴は、登る気マンマンだ。ザ・体育会系め。というか、こいつの場合は運動してカロリー消費しないと、激太りだろうしな。
「まぁ、せっかくだから、登るか……」
すごい汗だくになりそうだが……。まぁ、それこそ、あとで温泉に入ればいいか。一応、着替えは余分にある。
こうして、俺たちは、長い長い石段を登り始めた。
一歩一歩、踏みしめるように。転げ落ちないように、登っていく。
最初は雑談をしながら登っていたが、途中から無言になってくる。やっぱり、ふだん運動をしていない文芸部員には辛い。
でも、創作の苦しみとも似ているかもしれない。まず、昇り始めるのに(書き始めるのに)覚悟がいる、そして、どんどんキツクなってくる。それでも誰も助けてはくれない。自分の足で登っていくしかないのだ。
そんなことを思いながら、俺たちワナビは石段を登っていった。
ここで中間発表。現在の順位……来未、蔵前、俺、妻恋先輩の順。
ちなみに、来未はダントツでトップだった。
俺たちが百段ぐらいなのに、百五十段ぐらいのところにいる。
「本当に、お前……パワーとスタミナだけはあるな」
「だらしないー! なんで男のあんたが、そんな下のほうなのよっ!」
「お前が……はぁはぁ……常軌を逸したアブノーマルな存在なだけだ……」
「なによぅ、わたしを変態みたいにー!」
いや、もうここまでくると、変態の域だろう……。
来未の生態には、謎が多すぎる。
「にしても……やっぱり、長いな……。登ると、骨身に沁みて、実感する。昇らなけりゃよかったと後悔したくもなる」
「先輩が、運動不足、だからですよ……。さ、作家業は、体力勝負でもあります……」
俺より十五段ぐらい上を登りながら、蔵前。
「はぁはぁ、蔵前、意外と体力あったんだな……」
「週に一度はスポーツジム行ってますから……」
おのれ、金持ちめ……。
「妻恋先輩、大丈夫ですか……?」
俺の三段下を登っている妻恋先輩に訊ねる。
「う、うん……だ、大丈夫っ……」
とは言いつつも、額に汗が浮かんでいる。こんなふうに汗だくの妻恋先輩を見られるのは、非常にレアだ。ちょっと、いつもより瞳の解像度を上げて、脳内フォルダに保存、保存………と。
そんなこんなでたまに妻恋先輩のほうをチラ見して生きる気力を取り戻しながら昇り続け(途中で蔵前から殴られた)、俺たちは石段を登り続け、ついに――。
「いっちばんのりー!」
……当然、まずは来未が、頂上へ達する。そして、それからかなり遅れて。
「ふぅ……やっとですか」
二番目は蔵前。
「つ……疲れちゃったっ」
三番目が妻恋先輩。
そして、最後は――。
「ぜぇはぁぜぇはぁ……ごほっ、げほっ! うぉおえええっ!」
……結局、俺が最下位だった。しかも、心臓がバクバクいいまくってて吐き気もして、命の危険を感じるっ!
「まったく、情けないですね、先輩は……」
「ぜぇはぁ、ぜぇはぁ……し、しかたないだろ、運動は昔から大の苦手なんだからっ……はぁはぁはぁはぁ」
「息が荒くてキモい」
「し、しかたないだろっ、はぁはぁ」
というか、三百段近い石段を登って、まったく息が切れていないこいつのほうがおかしい。人体の神秘で片付けられるレベルじゃない。こいつ、本当に人類か?
神社の石鳥居の前には、石段を登った人用のためか、石のベンチが並んでいる。そのうちのひとつに腰を下ろして、息を整える。
「あ、いい眺め……」
「……本当ですね」
妻恋先輩と、蔵前の声につられて、俺も顔を上げる。
「おぉ……」
そこには、盆地状になっている温泉街が全て見下ろせた。歩いていると敷地が広く感じられるが、こんなにも小さな温泉街だったんだな……。
そして、視線を上げれば、雄大な山々。テンションが上がってくる。やっぱり、山を見ると心が豊かになる気がする。苦労して登ったからこそ、見える風景は格別だ。
「なんか山見てたら、お腹減ってくるよね!」
「……お前は食い気しかないのかっ!」
山を見て自然の雄大さを感じるとかじゃなくて、なぜ食事に直結するのか。
「お前の場合は、ただ単に運動したから、腹減っただけだろ? というか、よく腹減るよな……。俺なんか、気持ち悪くて吐きそうなのに……ジャンボ焼鳥食って天ざる蕎麦大盛食べて、なぜまったく平気なんだ」
「それは企業秘密!」
本当に、ちょっとおかしいんじゃないか? なんかただの大食いで片づけられないような気がしてきた。俺が疑念の視線を向けると――。
「べ、別に大食いでもいいでしょっ!」
なぜか誤魔化すように、来未はそっぽを向いた。
この反応に違和感を覚えるが……、
「ともかく、参拝しましょうか」
蔵前が立ち上がって社殿のほうに行ったことで追及することができなかった。
まぁ、いいか……。
俺も重い腰を上げて、軽く頭を下げながら石鳥居をくぐり、社殿に向かう。といっても、かなりこぢんまりした神社だった。ちなみに社務所などもなく無人だった。
「えーと、一円でいいか……」
俺は財布から小銭を探す。
「先輩、せっかくなんですから、もっと奮発しましょうよ……」
「じゃー、二円。すごいぞ! 倍になった!」
「……先輩の貧しさがここまでとは……すみません、今まで気がつきませんで」
「新次くん、生活が苦しいのなら、うちに住んでも……」
蔵前どころか、妻恋先輩にまで同情の眼差しを向けられる。くぅ。冗談のつもりだったのに、冗談と思われていない。
でも、来未が来てから食費が末広家の家系を圧迫している。妻恋先輩の母上から食料がたまに供給されるのでなんとかなってるが……。
「新次ー、お金ー」
「ちっ、あいよっ」
仕方ないので、来未の手のひらに五円玉を乗せる。
「五十円ぐらいよこしなさいよ!」
「寄生虫の分際で、賽銭を釣り上げるな。五円で十分だ。ご縁だけにな」
俺も五円玉を取り出して、賽銭箱の前に進む。
「おいしいごはんが食べられますよーに!」
来未が、賽銭箱に五円玉を放り込んで、パンパンと手を打って、拝む。
「…………」
続いて、蔵前が十五円を放り投げて同じように手を打って、無言で拝む。『十分にご縁』で、十五円ということだろう。
「え、ええと……お願いしますっ」
妻恋先輩が、五十円玉を投げて、かわいらしく手を合わせた。
「まぁ……勝負は時の運だからな。頼むぞ、神様」
俺も五円玉を投げて、乱暴に手を打って、拝む。
そんなわけで、俺たちの参拝は終わった。
……これから、この石段を下りなきゃいけないと思うと、げんなりするが……。
ともかくも、下りはじめねば、たどり着かない。
来たばかりで疲労感満載だが、俺たちは再び石段を下りていった。
相変わらず、来未の奴は、疲れ知らずな勢いで、どんどん下りていってしまった。
マジで本当にこいつ人類なのか……?
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