妹幻想木端微塵

「どっと疲れた」

「どっとこむ!」

「……もう風呂入ろ」


 元気がありあまってる来未を無視して、俺は一日の疲れを流すことにした。


「あっ、ちょっと! あたしが一番風呂でしょ!」

「暫定家主は俺だ」


 有無を言わせず、俺は脱衣所に先に入った。ドアの鍵をしっかりと閉めて、服を脱ぎ始めてしまう。


「ちょっとぉ! あたしを先に入らせなさいよっ! 女の子を先にお風呂に入れないとか鬼畜! 悪魔! 変態!」


 ドアの向こうからガンガン蹴りが入れられて、抗議の罵声が上がっているが、これも無視する。


 騒音を無視して、風呂場に移動。

 椅子に座って身体に湯を浴びて、タオルにボディソープを垂らして泡立て、身体をゴシゴシとこすっていく。


 ふぅ……今日はいろいろあったなぁ……。


 ――ガンガンガンガン!


 そうだな、明日は……。


 ――ガンガンガンガン!!


「だぁあ……うるせー、ドアを蹴るな!」


 あまりの暴音に耐え切れず、ドアに向かって叫ぶ。


「女の子を先に風呂に入れるのが礼儀ってもんでしょ! レディファーストよ! レディファースト!」

「俺基準では、お前はレディではない。どこの世界にドアに蹴りを入れるレディがいるか。以上!」

「あーもう、納得いかないっ!」


 せっかく風呂で物思いに耽ろうと思っていたのに、そんなことは許されなかった。風呂の中でいろいろと考え事をするのが俺の平凡な人生におけるささやかな楽しみなのに……。


「さようなら、俺の平穏……」


 静かな生活のありがたさは、失って初めて実感できるものだ。それは平和についても言えるかもしれない。俺はため息をつくと、さっさと風呂から上がることにした。


※ ※ ※


「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」


 風呂上りに、不平不満の呟きを延々と聞かされる。


「あーもー、わかったから。やめろ。気が狂う」

「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」


 来未はそれでも精神攻撃をやめなかった。本当にこいつは面倒くさい。

 実際に妹がいたら、こんなもんなのだろうか? よく妹がいる人間が「妹なんて、そんなにいいものじゃないぜ?」とか言っててぶん殴りたくなるが、やはり苦労があるのだろう。俺の脳内で長年育まれてきた『お兄ちゃん大好き☆』な妹幻想は木っ端微塵に砕け散った。妹めんどくさい。


「……もう俺は寝るからな。あとは勝手にしろ」


 こうなったら、逃げるが勝ちだ。いまだにぶつぶつ言っている来未を振り切って、自室に戻った。


「はぁ……」


 布団の上に倒れこむと、心の底からため息を吐いた。


 先ほど少しは話せたけれど、まだギクシャクしたままの妻恋先輩との関係。部室で寝ている俺に抱きついてきて、帰り際に意味深なことを言ってきた蔵前のこと。

 ……そして、まったく意味不明な来未の存在。


 もう本当に今日はとんでもない一日だった。これまでの人生でもっとも濃い一日なのは間違いない。


「それでも、明日は来るんだよな」


 それはいいことなのか、わるいことなのか。でも、永遠にこの状態のままで時間が止まってしまったら、モヤモヤが一生続くようなものだろう。それは、地獄だ。


「頼むぞ、明日……」


 段々と眠気が満ちてくる。

 あ、日記書いてないや……。


 でも、今日はもうその気力もない。

 俺はそのまま眠りに落ちていった。


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