ニートな子孫と世話する先祖
妻恋家を辞して、俺と来未は自宅へと帰ってきた。
ちなみに、来未はまた紙袋いっぱいの食料をもらっていた。今度はクッキーとかチョコレートとかキャンディとかの甘いもの系だ。本当にこいつはタカリの天才である。野良猫か。
ともかくも、俺と来未はリビングへやってきた。
と、そこでかすかににおうカレーの香り。
ああそうだった。こいつ、カレー作ってくれたんだっけか。
……でも、そう言えば、朝、冷蔵庫を見たときには食材なかったんだよな。まずは、この経緯について問いただそう。
「このカレーを作ったのは、お前なのか?」
「そうに決まってるじゃない!」
完全に食べる係の人かと思ったのだが。料理スキルなんて持っていたのか。
「……お前、料理できるんだな」
「あたりきしゃりきのこんこんちきよ! でも、カレーしか作れないけどねっ! えっへん!」
なぜか江戸っ子言葉好きなんだよな、こいつ。江戸っ娘というジャンルでも開拓するつもりか? 最初に出会ったときに言ってた『知らざあ言って聞かせやしょう』ってのも、歌舞伎で出てくる台詞だしな。
まぁ、なんにしろメシを作ってくれたのはありがたい。これから自分で夕食作るなんて億劫すぎる。
「……で、お前。カレーの材料買う金はどうしたんだ?」
もしかすると未来からお金を持ってきてたりしたんだろうか? 俺の私物は売られる前に回収したわけだし。
「そんなの決まってるじゃない。単行本に挟んであった諭吉!」
「ぐああぁあああっ! 俺の福澤がああああああああああああっ!!」
もしものときのために隠してあった俺の大事な福澤が攫(さら)われていた。
ごめん、福澤……! 俺が無力なばかりに……。
「くっ……この件は、百万歩譲ってカレー作ったからよしとしよう。だが、お釣りをよこせ……カレーの材料ぐらいの代金じゃ、いっぱい残りがあるだろ?」
「えぇー!? お釣りはおこづかいが基本でしょっ!?」
「そんなの通用するか! 返せっ! 俺の一葉たんと英世たちを返せっ! 小銭だけならやるから!」
「けちー! せっかくカレー作ってあげたのに!」
「……っていうか、所持金をまったく持ってないのかお前は」
「だって、未来のお金なんて使えないでしょっ?」
そうか。未来では福澤はクビになって一万円の人は代替わりしているのか……。
「じゃあ、なんでお前は諭吉のことを知ってるんだよ? 発見した一万円札が、たとえばオモチャのお金とかって可能性だってあるだろ?」
「えっへん! ググってウィキったから知ってたんだもん!」
そうか。グーグル先生とウィキペディア教授は未来でも現役なのか。俺もいつもお世話になっているので感慨深い。
「んじゃ、まぁ……とにかくカレー食うか」
「味は保証するよ! だって、食通のあたしが作ったんだもん!」
「お前の場合は食通というか、ただのタカリだろ!」
「えっへん! すごいでしょ! 今日はノーマネーですべてのご飯ゲット!」
「ぜんぜん誇れることじゃないからな?」
とにかくも、俺はまずは炊飯器を覗く。うん……いい感じで炊けている。カレーということで少しご飯が硬めというのはよくわかっている。グチャグチャのコメにカレーとかリゾットみたいになっちゃうもんな。合格だ。
「んじゃ、温めるか」
少し水を足してから、カレーを温める。料理というのは温度が大事だ。どんなにうまくても冷めてたらだめだ。
俺は鍋底が焦げないように慎重にかき混ぜながら、カレーを温めていく。
「んー、いいにおい♪ さすがあたしの作ったカレー♪」
……よし。カレーを温め終わり、いよいよ食事タイムである。
さて……味のほうは。俺はスプーンでカレーをすくって、口に運ぶ。
「ん……。うむ、うまいじゃないか」
「えへへっ、おいしーでしょ?」
これで料理スキルが壊滅的だったらパーフェクトニートだったのだが、これなら家に置いてもいい。……いや、いいのか? 本当にこいつをこのまま家に置いても。こいつ、いきなり俺の生き別れの妹になりやがったからな。
まぁ、まずはカレーを平らげる。面倒な話は食事のあとでだ。冷めたカレーはおいしくないし。そして、カレーを食べ終わったところで(来未は早食いなので俺よりもさっさと食べ終わるどころか、二杯目までおかわりしていた)、話を切り出す。
「……で、だ。これからどうするつもりなんだ? 自称子孫で自称妹の自称末広来未」
「え? ここで暮らすに決まってるでしょ?」
『は? あんたなに言ってんのそんなの当たり前でしょ?』みたいな態度で言われる。
「本当にお前は未来からやってきのたか?」
「うん! 身分を証明するもの持ってないけどね! えっへん!」
「だから、ぜんぜん威張れることじゃないからな?」
うーむ、どうしたものか。両親が家にいれば、またいろいろと対策もあるんだろうが……俺の両親は海外勤務でオーストラリアに長期滞在中だ。まさか、家に自称子孫が来たという電話をするわけにもいかないだろう。頭の調子を疑われる。
まぁいい……もう考えることに疲れた。もしかすると、これはやっぱり夢の中の出来事なのかもしれない。もう一度寝れば、今度こそ夢が覚めるんじゃなかろうか。でも、カレーはうまかった。夢の中でもこんなにカレーの味がよくわかるものか……。
「それにしても、希望お姉ちゃんって、すごいいい人だね! 捨て猫モードのわたしを拾ってくれただけじゃなくて、服もたくさんもらっちゃったし! あと、希望お姉ちゃんのおかーさんも、いっぱい食料くれたし!」
ほんと、妻恋家には頭が上がらない。世話になりすぎ。しかも、フッた相手にここまでしくれるなんて……。
「あ、そういえば、あたしの部屋はっ?」
衣食足りた来未は、次は住を求め始めた。
衣食足りても礼節は覚えてくれないらしい。
「しかたないな、お前の部屋はあっちだ」
俺はリビングに接する廊下の奥を指差した。
「はあぁっ!? うら若き乙女にトイレで暮らせっていうの!? この変態っ!」
「さすがの俺もトイレで暮らせなんて言わんわっ! しかたないから親の部屋を掃除して使えるようにしてやる!」
ずいぶんと使ってないからホコリまみれになっているが。まぁ、掃除すればいいだろ。
俺は来未の居住環境を整えるために、掃除をした。夜に掃除機を使うわけにもいかないので(ご近所迷惑すぎて全方位から怒鳴りこまれるレベル)、雑巾がけをした。
その間、来未は現在の日本を勉強するとかいってリビングのソファでテレビを見続けていた。いいご身分だ。俺は汗水たらして、掃除をした。今日は朝も走って、夕方も走って、超絶文科系の俺からするとオーバーワークすぎる。
「……おい、居候。終わったぞ」
「んー。おつかれー」
来未はテレビから目を離さないまま生返事を返した。しかも、緑茶をすすりながらポテチなんぞ食ってやがる。ほんとに、いい身分すぎる。
「お前もメイド服着てるんだから、掃除ぐらい手伝えよ……」
「掃除するの嫌いだもん。それに、あたしメイド服好きだからメイド服着てるだけだしっ!」
マジでこのぐーたらメイドもどきはなんとかならんのか……。妹というかダメな娘を養育する父親の気分になってきた。
「ああ……なんで俺は高校生の身で、ニートを一名かかえないといけないんだ……」
しかも、俺と年齢が三歳しか変わらない。未来から来たっていうんなら、役に立つ道具でも出して俺のこと助けてくれればいいのに!
やはり世の中は理不尽だった。
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