まちがいだらけ(?)の執事小説

早瀬千夏

あたしが書いた執事が登場する小説!

 時は十九世紀のロンドン。霧の都のなかをゆっくりと、一台の馬車が停まる。そこは伯爵家の広大なお屋敷だった。

 馬車からひとりの少女が降りた。両手には買い物が入った箱でいっぱいだ。

「お帰りなさいませ。ユリアお嬢さま」

 お屋敷に帰ると、執事のセバスチャンがあたしを出迎えた。

「ただいま、セバスチャン」

「お気に入りのドレスは見つかりましたか?」

「デパートにあったわ! ローズピンク色の夜会用のが。パールのビーズが縫い付けられていて、とってもきれいなの。来週の舞踏会で着るのが楽しみ!」

「それはようございました。お疲れになったでしょう。お茶をご用意します」

「いちごのタルトを食べたい。クリームをたっぷりつけてね」

「もちろんですとも」

 黒いタキシード姿のセバスチャンは、ほほ笑みを残して地下にある台所へ消えた。

 あたしは自分の部屋で着替えをすませて、居間に行った。セバスチャンが紅茶のカップをテーブルに置いていた。たった数分のあいだなのに、とっても仕事が早い。

 なんでもセバスチャンは以前、公爵様のお屋敷で働いていて、そこで執事頭をしていたそうだ。優秀な執事だったけど、公爵様が亡くなったあとを継がれた公爵令嬢と、うまくいかなくなって辞めたときいたことがある。

 その公爵令嬢はセバスチャンの何が不満だったのか。あたしにはさっぱりわからない。

 だってセバスチャンはとても背が高くて、美形だ。代々、執事をしていて、セバスチャンはエリート執事の家系だ。二十五歳に見えない落ち着いた物腰は、インドにいるあたしの父様も大絶賛している。

 セバスチャンがあたしのお屋敷に来る前は、口ひげを生やした年老いた執事だった。ロマンスグレーどころか、真っ白な髪で、二年前に老衰で死んでしまったのだ。お爺様が若いときから、ずっと働いていた大ベテラン執事だったので、セバスチャンが来るまでとても寂しかったなあ。

 白いポットから熱い紅茶がカップに注がれる。それをセバスチャンがあたしの前へ置いた。

「ユリアお嬢さま」

「なに?」

「転職することに決めました」

「ええ?! きゅ、急にどうして!」

 あたしは血の気が引いた。

 真顔のまま、セバスチャンは静かに答える。

「このお屋敷は不可思議なことがありすぎます。まだ旦那さまをお見かけしたことがありませんし、伯爵家のはずなのにわたくしの部下もおりません。メイドはたったふたり。過労死しそうでございます」

「そんな理由ってあり? だってさ、執事が登場する小説って、超有能なイケメンと、かわいらしい少女メイドと、少し強気なお姉さんメイドの組み合わせが主流でしょ? 部下って、セバスチャンのほかにまだ執事が必要なの?」

「……」

 無言のまま、セバスチャンは白いポットをテーブルに置く。

「最後にお嬢さま。紹介状をお願いします」

「なにそれ?」

「転職するときの必須アイテムです。正式名称は、人物証明書といいます」

「履歴書みたいのもの?」

「…………話にならん。さよならお嬢さま」

 そう言い残して、セバスチャンは居間を出ていった。その顔はひどく冷淡だった。

 あまりにもあっさりした態度に、あたしは困惑する。

 これからセバスチャンとの禁断のロマンスが始まる予定だったのに。

 もうラストだなんて、ひどすぎるっ!

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