【詩】浸透圧/閃光/暦
merongree
浸透圧
ゆっくりと容器の縁を侵してくる水面の盛り上がりは
水の寂しさの表れではないのか
私は水に同情する ヒトであるから 人体の約60%を委ねているという程度にしか水と関わっていないはずだけど
私自身水であったことがあるみたいにその虚ろさが懐かしい
私は水に同情してる あらゆる毒を孕むことの出来る水の
表面張力の痛切な盛り上がりを見る度に
他人事と思われずに 可哀想だなと思ってる
容器のなかで免れられない寂しさを 発見されていないから
この間教室にいてふと水になってしまった それも食塩水
体育の授業から戻って来たとき皆他愛もないことで騒いでた
原因不明ながら次の化学の先生が来なかったから
時間割がふいに空白になった 空白っていう科目一番苦手だ
皆は私の目に映らないことをしていて勢いが盛んだった
私は蹲って彼らが目もくれない
化学の資料集のカラーページを見た
鮮やかな写真を目に映すことで
私なりに精一杯旺盛にいたつもり
硬いページをめくってふと
この間の浸透圧の実験のページに来た
私はそのときの実験で目撃した
寂しさが起こる仕組みを思い出した
Aの容器とBの容器を用意して
Aの容器には食塩水を Bの容器には真水を入れる
その間の仕切りを外すと
何もしてなくてもAの容器の水位が上がっていく
AとBの間にはセロファンがあるのだけど
このセロファンには水を通すぐらいの穴が空いていて
塩は通れない
濃度の違う二つの液体が接すると
食塩水のほうを薄めようとして
Bから水が殺到する
そのせいでAの容器の水位が盛り上がる
Aの水溶液って別に濃度このままでいいのに
一つの容器に入れられると濃度を均一にしたいがために
Bから水が殺到してくる
私が私の濃度のままでいられず
透明で旺盛な水の圧力を受けて
無意識をすぐに浸食されてしまうことと
非常に似ているような気がした
案の定カラーページを見るだけでは
私の濃度は彼らと均一だとは認められず
私の塩辛い無意識はセロファンを通過した
「何やってるの」という透明な声に打ち壊された
私は水に同情する
わずかな塩を溶かしているだけで
隣接する水にすぐ目をつけられる水に
同類でありながら抱えている成分のパーセンテージを問われ
セロファンごしに絶えず無用の慰めに見舞われて
ズタズタに膨らんでいる水に
セロファン越しにかかるその圧力には
「浸透圧」
という決してそれを暴力と認めない他人から与えられた
素っ気ない名前がついている
実際のそれは他者の領域に侵攻する強引な力
「一つの器にいて異なっているなんて寂しいじゃないか」
という多数決に支持された勢いが「浸透圧」となって迫る
私は水に同情した
己のわずかな塩分をも見過ごされない上に
加えられる暴力を暴力と名付けられないのを知って
外国のニュースを見ていたら
高校生が学校で銃を乱射していた
犯人の生徒は自殺したということと
精神的に問題を抱えていたことなどが
彼の名前や顔写真を扱うのと同様に
何の躊躇もなく報道されていた
私は彼の顔写真と 泣いている生徒やその親とを見て
「浸透圧」という言葉を思い出した
犯人は自分の接している光景と
自分の濃度との違いに耐えられなくなったのではないか
優秀な生徒が集まるというその高校で
初め真水に殺到されていたかもしれない彼は
密かに毒の濃度を増していったのではないか
そして教室を自分の想像の毒で塗り潰しだした
自分の抱えている血塗れの想像と
現実の明るく透明な教室との差異に耐えられず
彼はある時そっと仕切りを外した
これまで真水に殺到されていたのと同じだけ
あるいはそれ以上の勢いで
己の抱えていた想像を解き放ち
現実に向けて殺到させた
彼の銃声はある瞬間止んだ
恐らく内心の風景が現実とぴったり一致するまで
「もうこれで寂しくない」
と感じられたその瞬間にふと止んだのに違いない
そして既に葬っていた自分と
現実とを一致させる一撃を放った
私は水に同情する
殺到する真水の好意を 暴力とも認められずに
真水に追い詰められ
じわじわと器の縁に迫ってくる現象を見る度
ただ存在しているだけで
ズタズタに切り裂かれてしまう毒を孕んだ水に
せめて復讐に似た現象が持たされていればいいのにと思う
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます