カンニング少女
レモネード
① 今日が、境目。
朝日が眩しくて目が覚めた。本当は二度寝したかったのだけれど、あの眩しい太陽にはかなわない。おまけに、今日はテストがある。そのおかげで今日はいつもの何倍もの罪悪感がまとわりついていた。気持ちを切り替えようと思い、私は二度寝を明日にまわした。
誰かには、誰かの朝がある、誰かがそう言った。
もちろん、誰かは、朝起きるのが飛び上がるほど嬉しくて、誰かは、朝起きるのがとてつもなく嫌だ、というのは当たり前だと私は思っている。
人には人の感情があるし、その朝からの出来事がいつもの平穏な日常とはちょっとちがう、非日常の1日だったら、誰だって小躍りしたくなるだろう。例えば、学園祭とか体育祭とかね。
でも、そんな非日常ではなくただの日常のほうが、一年の中ではずっと多い。
でも、わたしはもう、日常には期待しない。
非日常にだけ、期待する。
日常に、いいことなんか、無いんだから。
本当にそれでいいかどうかは、今のわたしには分からないけれど。
は!考え事をしていたら、遅刻してしまう。うちの担任、遅刻には厳しいのだ。
私は、背中まである髪を、青色のゴムでまとめてポニーテールにした。少し寝癖が付いているが、この際はどうでもいい。全体を水色と白色で揃えた自分の部屋を見回す。あった。お気に入りのイヤホン。ハンガーにだらんと掛かっていた。私は、このシンプルな白色のイヤホンが好きだ。そして、私はイヤホンを無造作に耳に挿す。よし、今日はジャズにしよう。じゃじゃーん。音が一気に耳に流れ込む。私の朝は、いつも、音楽を聴く事から始まる。「ちょっと奏絵〜、起きてるのー?遅刻するわよー。いいの〜?」いちいち間延びした、母さんの声が一階から聞こえてくる。「今行くー」面倒くさいので、生返事をしておく。とんとん、と階段を下りて一階の食卓の椅子に座る。今日も父さんはいない。 仕事があるから仕方が無いが。「奏絵、いつまで音楽聴いてるの。イヤホン外しなさい。音楽病になっちゃうわよ」もちろん、最後のは嘘だろう。でも、母さんの逆鱗に触れるとまずいのは、分かっているから、私はおずおずとイヤホンを外す。「あ、母さん今日テストがある」気にしていない、と云う顔で言うと、母さんは、いたって優しく言った。「そう、頑張ってね。いつもみたいに百点だといいわねー」いつもみたいに、か。多分、今日も私は百点だ。それは私以外誰も知らないかもしれないけれど、とても大事な秘密に直結する。だけど、絶対にこの秘密を誰にも知られてはならない。ああ私の朝はいつも憂鬱だ。
「おっはよ奏絵」ニッカが声をかけて来た。「おはよニッカ」ニッカは、白い歯を見せて笑う。ニッカというのは、もちろんあだ名だ。本名は、菊池爾夏と云う。私も、最初読めなかったが、これで、きくち にいかと読むらしい。ニッカは、左右の三つ編みが良く似合う。困った時には、いつも助けてくれる。笑うと、色黒の肌に、笑くぼが出来るので、それがまた可愛らしい。「ねえ奏絵、知ってる?2-Bに転入生が来るらしいよ。先生がどさくさに紛れて、放課後言ってた」「へえ、2-Bって、私のクラスだ」すると、ニッカが、三つ編みを揺らしてにこっと笑う。「ね!楽しみだね〜」私はニッカのこう云うところが好きなんだ。自分の事の様に言うところが。
校門の横の壁に、<静岡県立浜名高等学校>と彫ってある、金色のプレートがあった。私が通っている、由緒ある高校だ。「「「おはようございます!」」」応援団の数人が私とニッカに向かって、大きな声で挨拶をした。こんなに朝早くから、応援団員は大変だ。私は、応援団員に、頑張れ、と云う気持ちを込めて、少し大きな声で挨拶を返した。クラスが違うニッカと別れて、教室に入ると、クラス内は、少しざわついていた。まあ、それもそうだ。転入生が来るとなったら、誰だって、興味が湧くだろう。と、私は勝手に納得して、自分の席に座る。「ねえねえ、奏絵ちゃん。転入生が来るって知ってる?」バックを、机に下ろそうとした途端に、声をかけられた。振り向くと、顔見知りのクラスメートが立っていた。この子に、友達のランクをつけるとしたら、普通に、私の数多い<知り合い>の内の一人だ。だからこそ、少しその子に、遠慮するところがある。「知ってるよ。私達のクラスなんだってね」「うん、そうなの。どんな子なんだろうね」そう言い、その子は、足早に去って往く。これだけなのか、言いたい事は、と、いろいろツッコミたい事はあるが、私も人の事は言えない。すると、何を思ってか、急にある事を思い出す。そういえば、今日はテストがあったっけ、、。
転入生とやらは、テストが終わった後に来た。私は、テストの間、ずっとめまいがしていたから、其れどころではなかったけれど、テスト中クラスメート達がそわそわしていたのには、理由があると、後々分かった。「はい、テスト終了~
番号順に集めなさい」数学の佐野崎教諭が、テストの終了を告げる。クラスメート達は、佐野崎教諭が居るから大人しくしているが、たいそう哀しそうな顔をしているので、あまりテストの出来が好くなかったのだろう。
「いいな~カナエ!」唐突に声を掛けられて、びっくりする。「あ、ゆきっち!」ゆきっちは、ニッカと並ぶ、私の親友の中の一人だ。本名を、飯島友希と云う。ザ・インドアと云う様な子で、意外と話が合ったりする。髪が、ものすごいくせっ毛で、ショートボブにした髪の毛がいつもぴょんぴょん跳ねている。少し、ぽっちゃりだけど、優しくて可愛い女の子だ。「今回のテストも満点だったりするんでしょ~」「いや、分かんないけどね」いや、今回のテストも私は満点だ。すまない、ゆきっち。「おい、机を元に戻せー!」佐野崎教諭が怒鳴ったので、じゃ、と言ってゆきっちと別れた。
いつも口うるさい国語の、福波景子教諭が今回の授業の最初だけは、やけに静かだった。「今日、 何だか景子先生静かだね。良い事でもあったのかな」と、ゆきっちに聞くと、ゆきっちは心外そうな顔をして答えてくれた。「ううん、今日転入生が来るでしょ。この授業のどこかで来るんだよ。きっと!」それは、確かに。その時、急に景子先生の叱咤が飛んだ。「飯島さん!話を聞いていますか!」飯島さんと云うことは、ゆきっちの事だ。ゆきっちが、おろおろしながら弁解する。「、、、聞いてます」ごめんね。ゆきっち、私が話掛けたせいで!と、私が心の中で謝る。「では、今先生が何と言ったか、言ってごらんなさい!」景子先生の怒りは、止まらない。ああ、絶体絶命のピンチだ、、。と、その時だった。「あの〜、すいません」開け開いた、ドアの方から声が聞こえてきた。男の子の声だ。クラスの皆が、そちらに注目するのが分かった。皆の視線が、期待の色でレーザー光線の様に熱い。私があれ程の注目を浴びたら、きっと焦げついてしまうだろうな。私達が、じっとドアの方を見ていたら、誰かの顔がひょいと出て来た。一瞬、生首かと思ったが、男子が顔を覗かせているだけであった。「、、!こんちはっす」男子が、挨拶をする。何に驚いたのか、目を見開いている。その男子は、中肉中背、普通の顔立ち、と云う只々普通の印象だ。特徴を挙げるとしたら、銀縁メガネを掛けている、と云う事ぐらいだろうか。あ、後1つ、チャラい。対応をどうするか、先生を見ると、はあ〜っと云う感じで、首を振っていた。対応の仕様が無い。やはり、あの男子が転入生なのだろうか。「えーと、もう教室入っていいっすかね?」男子は独り言の様に言い、ずかずかと入って来る。すると、ようやく先生が動き出した。「ちょっと、待ちなさい。まずは、皆に自己紹介して欲しいのだけど」そして、景子先生はくるりと皆の方を向いて、「すまないわね。この子がこのクラスに来た転入生よ」と全然すまなそうではない顔で言った。すると、急にクラス内がザワザワしてきた。「カナエ〜っ!」ゆきっちも、案の定話掛けて来た。「なあに?ゆきっち」「言ったじゃない。転入生が来るって。合ってたでしょ〜!」そういえば、そんな事もあった。「そうね!すごいね、ゆきっち」「ね〜〜!」ゆきっちが、頰を薔薇色にして笑う。ゆきっちったら、お茶目さんなんだから。ガヤガヤ、ワイワイ。「静かに!」しーん。遂に、景子先生の雷が落ちた。「今から、聖悟さんが自己紹介をするでしょう!」景子先生が、そうよね、と言う様に例の男子の方をちらりと向いた。例の男子は、先生の隣に立って、ぽりぽり首を掻いていた。先生は、うっ、と顔をしかめて男子に言った。「ほら、自己紹介して下さい」男子は、いかにも面倒臭そうな顔をする。何て奴だ。男子は、またぽりぽり首を掻きながら壇上の近くに行った。そして、ようやく口を開く。「えーっと、西尾聖悟です。将来の夢は、、、詐欺師です。宜しくお願いしまーす」だらだら。景子先生は、さっさと終わらせたいらしく、「はい、じゃあ西尾さんさんはあそこの席に座って下さいね。じゃあ、授業の続きをしますよ。はい、この漢字はー」と勝手に進めてしまっている。転入生は、いろいろ知らない事があるのに、大丈夫なのだろうか。西尾聖悟なる人物の方を見ると、ニヤニヤしながらノートを広げていた。大丈夫そうだ。しかし、さっきの自己紹介のときの発言は、なんだったのだろうか。『将来の夢は、、、詐欺師です』という発言。クラスの皆は、気にしていなかったから、やはり冗談だろうか。後で、訊いてみよう。私の行動力は、こういう時、役に立つ。「皆さん、新出漢字は覚えましたね」景子先生が言う。いけない、考え事をしている間に、もう授業に一区切りついてしまった。そして景子先生がとんでもない事を言う。「それでは、今から、ぬきうちの漢字テストをします」え。「、、、!」クラス全体が、凍りついた。景子先生に文句を言ったら、とんでもない事になるので一応口を閉じてはいるが、心の中では皆、ブーイングの嵐だろう。
そして、テストはつつがなく終えられた。テスト中、私はいつもの現象が起きて大変だったが、それより今回は気になった事があった。何だか、誰かに見られている気がするのだ。監視にも当て嵌めれるかも知れない。
其の事を、下校途中にニッカとゆきっちに言ったら、自意識過剰じゃない?となだめられた。何だか、そうではない気がする。「あ!」私は、おもわず声を漏らした。「どしたの、奏絵」「どうしたの」ニッカとゆきっちが聞いてくれる。「いや、聖悟君に訊きたいことがあったんだけど、聞くのを忘れたんだ」そう、いろいろ考えている内に、聞くのを忘れてしまったのだ。「えっ!あの西尾聖悟君?」ゆきっちは驚いているが、ニッカは首を傾げている。「誰?有名人とか?」そうだ、ニッカには転入生のことを教えていなかった。「ううん。今日来た、転入生だよ」私の代わりに、ゆきっちがニッカに教えてくれる。「え~!転入生のことだったの~!」ニッカ、びっくり。「男子なのかー。どんな人、どんな人?」ニッカがざっくり質問する。「うーんとね。なんか、めっちゃ普通の外見だったよ」ゆきっち、ざっくり。今度は、私が言う。「背の高さも、顔も、スタイルも、平均って感じだったな。でも、銀縁のメガネは掛けてたかな」「なるほど~。ありがと!」たぶん、ニッカの好みの男子では無いと思う。ニッカは、理想が高い。だんだん、夕焼けが、濃くなってきた。よく考えれば、今日が、平凡な日々との境目だって分かったはずなのに。
校庭に舞い落ちる、イチョウと紅葉の葉。貫ける様な青空に、何個かの鱗雲。私は、自分の席から窓の外を眺める。もう、秋だ。といっても、いまは10月で、<もう>という程の季節では無い。西尾聖悟が、私のクラスにやって来て今日で3日目。転入生なのに、驚異のスピードでクラスの皆と打ち解けて、楽しく高校生活を送っているみたいだ。が、それはどうとだって良いのである。問題は、まだ、西尾に自己紹介のときの疑問を訊けていないことだ。意外にも、休み時間には西尾の周りをクラスメートが取り囲んでお喋りをしている。だからといって、ごめんね、私今から西尾と話すんだ。どいてね!とか言う義理も無い。ということで、刻々と西尾に訊くタイミングを逃している。今も、ホームルーム前の自由な時間なのに、西尾のいるところには、わんさか人が集まっている。はあ、とブルーな気分になっていると、肩をとんとん、と誰かにつつかれた。振り向くと、にこにこしながらゆきっちが立っている。「なあに?」と訊くと、ゆきっちは、にこにこしながら私の制服の袖を引っ張りながら、廊下を指差した。廊下に行くと云う事だろう。私は黙って廊下に行く。ゆきっちは、後からついてくる。廊下に着いても、ゆきっちはにこにこしたままだ。よく見ると、その顔が強張っている。どうしたんだ。ゆきっちが口を開いた。だが、口をぱくぱくさせるだけで、言葉にならない。6秒後、ようやく言葉が聴けた。「き、今日、てて、テストが、い、一日中、あああ、あるんだって」分かりにくい。今日テストが、一日中あると云う事だろうか。「そうなの!!おお、ヤダヤダ」ゆきっち、身震いまでしている。確かに、それは物凄く嫌だ。一日中、テストなんて。「ね、ね!嫌よね!」大丈夫。私はゆきっちに同情するぞ。「あ、ゆきっち。その話、誰に聞いたの」気になった事を訊く。「えっと、聖悟君だよ」え、、。と云う事は、ゆきっちも西尾の取り巻き、、。「ちがうって!休み時間、聖悟君が大きな声で言ってたの」珍しく、私は安心する。そして「じゃね」と言い、ゆきっちは教室へ戻って行く。一日中、テスト。頭の中で、その言葉がエコーする。ああ、益々ブルーな気持ちになって行く、、。
「皆さん、今日は一日中テストと云う事で大変と思いますが、頑張って下さいね」頑張りようが無いよ!と、クラス中の瞳が言っているにもかかわらず、景子先生はどんどんテスト用紙を配っていく。ゆきっちー正しくは、西尾ーの言っていた事は、残念な事に当たっていた。もう、逃げられないな、、。
「はい、テスト終了です。番号順で集めてください」6時間目の、最後のテストが終わった。私は、例の現象でまた大変だったが、今日も何だかテスト中ずっと見られている気がした。「カナエ、テスト出来た?」また、唐突にゆきっちに声を掛けられた。私は、嘘のつけない性格だ。「うん、出来たよ」と答える。ゆきっちが、羨ましそうに私を眺める。「、、、。」すると、ゆきっちは次の瞬間、さっきの表情はどこえやら。ぽん、と手を打って瞳をきらきらさせた。、、?「カナエ、この前ね、聖悟君がカナエと話をしたいって言ってたよ。すごいよ!カナエ。もうハートを射止めちゃってるよ!」ゆきっちがまくしたてる。最初は、どういう事か分からなかったけれど、だんだん分かってきた。「ゆきっち、いい加減な事言わないで」「でも、、、」ゆきっちがしょぼんとする。「うん、じゃあゆきっちは見守ってくれればいいからね」半ば、宥める様な口調で言う。すると、ゆきっちは、ぱぁぁと顔が明るくなった。まったく、、!
「奏絵ちゃん」女子だけれど、鉄の様に重く、低い声。振り向くと、クレオパトラカットの髪型の女子が、立っていた。冷淡な表情をした、我らが2-Bの委員長だ。委員長は、成績は普通だが時々驚異の点数を叩き出すミラクル少女でもある。クラスでは、<委員長>で通っているがその冷淡な表情と美しい容姿から、<クレオパトラ>というそのまんまなあだ名まである。でも、意外と可愛いところもあるんだよね。「なあに、委員長」「西尾君に、放課後体育館の用具入れで待っている、と伝えてくれと言われた」眉一つ動かさずに委員長が言った。「そ、それどういう事?!」「私は、伝えてくれと言われただけだが」びっくりして訊き返すと、可愛く無い返事が返って来た。でも、委員長が言っている事にも一里ある。私は、右手を真っ直ぐ上に向けて、ごめんなさいのポーズをとった。そしたら、何故か委員長はにやりと笑った。私のポーズが阿保っぽかったのだろうか。「奏絵ちゃんは、モテるんだな」と、委員長。そっちか。でも、ここはポジティブに受け取って、応援してくれていると云う事にしておく。しかし、ゆきっちが言っていたことは本当だったのか。委員長は、基本嘘はつかないので信じても損は無いように思える。信じて、みようか、、。
「エイオー!エイオー!ハマナー!エイオー!」陸上部の、活力ある掛け声。うわー、筋肉バカが沢山いるー。と、陸上部員が走っていくのを用具入れのドアにもたれ掛かりながらぼんやり見ていると、来た。西尾聖悟。西尾は、ボサボサの髪を掻きむしりながら走っている。西尾は、いつのまにか陸上部に入っていた。西尾だけ、声を出していない。ひどいな。あれが、私に一目惚れした相手だと思うと、うんざりして来る。「あ!」西尾が、私に気づいたらしく手をぶんぶん振る。私も、仕方なく手を振り返す。はあ。今日は、せっかく華道部を休んできたのに、何で結局陸上部が終わるまで待たなければなら無いんだ。西尾を待って、早30分。私が、もう帰ろうと通学鞄を手に取って立ち上がったとき、西尾が駆けて来た。「待ってくれー!」西尾が、悪い。西尾は、息を切らせながら私の肩に手を置いた。「なによっ!」キッと振り返ったら、西尾は珍しく真面目な顔をしていた。「大事な事を話すんだ。黙って聞いてくれ」大事な事ってどうせあれでしょ。告白とか云う、、。「俺は、あんたの重大な秘密を知っている。あんたは、テストをある意味ではカンニングしてるだろ」
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