人外物語

桜人

第1話

                       〈東学〉

 夕日差し込む、文芸部の部室。

「そうそう。んで、ここでドカーンと」

「成程。ドカーンとね……こんな感じか、規模はどうする?」

「んー。ホラ、よく刑事ドラマとかでやってる爆弾ネタあるじゃん? あれと同規模程度でいこう」

「了解」

 俺は、同じ部員である奏太の指示に従って、持参しているノートパソコンに文字を刻んでいく。刑事ドラマと言われても、あまりドラマは嗜まない方なのでよく分からない。まぁ、何年か前に騒がれていた爆弾テロ事件のようなものと考えて差し支えないだろう。淡々と思い浮かんだ言葉や描写をキーボードに打つ。しばらくの間、ただパソコンを叩く音だけが部室内に響く。

 すると、部室の最奥に位置する机から、激しく手を叩く音が俺の耳にまで届いてきた。

「かーんせーい! いよっ、よく頑張りました! さすがあたし! 天才!」

声と拍手の発生源に目をやると、えらく上機嫌な舞歌さんがもう一人の女子生徒、神保さんに抱きついていた。神保さんの方も同じように舞歌さんを抱きしめている。舞歌さんはその活発な性格からだろうか、健全というか何というか、いかにも“青春”といった抱きつき方なのだが……神保さんはというと、何だかイケない感じに舞歌さんを抱きしめている。夕日の所為でよく分からないが、少し頬が赤らんでいるような気がする。

「おめでとう、瑠衣。よく頑張ったわ、流石よ」

「えへへ~。ありがとう可奈江!」

舞歌さんは頬を緩ませながら、一層腕に力を込めたように見えた。

 舞歌瑠衣先輩と、神保可奈江先輩。共に文芸部所属の三年生。天真爛漫な舞歌さんと、冷静沈着な神保さんといった具合に、対照的な性格をしている。が、舞歌さんは無自覚かもしれないが、二人には友情を超えた何かがあるように感じる。特に神保さんは、気付いたら舞歌さんと百合ん百合んなオーラを放っているので要注意だ。まぁこれに関しては全て周知の事実なのだが。

「うわ、もう出来たんっすか。相変わらず仕事が速い……」

危ない空気を察したのか、奏太が話に割って入る。どこかから舌打ちに似たような音が聞こえたのは気のせいだろうか。

「もう今月で何作目っすか? よくそんなにポンポン設定が思い浮かぶっすね」

「ポスト速筆作家よ。もう略して“速筆の舞歌”ね!」

それは異名ではないか?

「ちょっと。今は私が瑠衣と話をしているの。邪魔をしないでもらえる、風見くん」

「いや……そんなこと言われても」

「いいっていいって。風見くんだって、単に私のことほめてくれてるだけじゃん」

舞歌さんが口をとがらせる。

「ねぇねぇ可奈江、そんなことよりもっとほめてよ! ご褒美ちょうだい!」

またもや舞歌さんが神保さんに抱きついた。神保さんはそれを優しく受け止めて、

「えぇ、今夜私の家に来て。今日は両親が出掛けているから、二人でたっぷ」

「あー、もう部活終了の時間だー。学校を出ないと先生に怒られるー」

奏太がわざとらしく席を立って荷物を片付け始めた。神保さんの台詞は遮られ、またもどこかから舌打ちがした。

「あ! もうこんな時間! みんな帰るよ、準備急いで!」

部長である舞歌さんが声を張り上げ、俺を含む部員四人が鞄を背負う。パソコンの電源を切り、コンセントからプラグを抜く。一応辺りを見回して忘れ物がないか確認、ドアを閉め、施錠。

「はい、じゃあ解散! また明日ね」

「「「「お疲れ様でした」」」」

 舞歌さんが音頭を取り、今日の部活が終了した。頭を下げ終え、各々が足を進める。しかし、鍵を職員室に返す当番だった俺は、玄関とは反対方向の職員室へと向かわなければいけない。

「奏太」

「うん?」

「俺、今週鍵の当番だから。少し待っててくれ」

「分かった。急げよ、彼女待ちかと思われるのはゴメンだ」

「善処するさ」

 だが果たして俺の努力は報われるのだろうか。鍵の当番は鍵の返却と共に、顧問の先生に部活終了の報告をしなければならない。その顧問がまた厄介で、長々と要らないことまでだらだらと話すのだ。他の三人は慣れたもので上手く切り抜けているそうだが、まだ入部してわずか一ヶ月の俺はそうもいかない。おそらく奏太もそれを心配しているのだろう。

「はぁ……」

溜息が廊下を包む。だがしかしそうしてもいられない。先輩たちや奏太のようなコミュニケーションの技術だって、社会に出るとき必要になるかもしれない。よい経験だと思えばいいのだ。

 職員室のドアをノックして、室内に入る。“鍵”と大きく書いてある引き出しに鍵を入れる。顧問の先生を捜すが、見当たらない。先生の席へ行くと、小さなメモ用紙が机の上に置いてあった。出張中という旨が書かれており、『下の余白に今日の活動の概要を報告されたし』とのことだ。

 簡単に活動内容を頭の中でまとめて、紙に記していく。舞歌さんが短編を一つ書き終え、俺と奏太の応募用の小説が三五ページまで進行。こんなところだろうか?

 書き終えて、ペンを筆箱に戻す。気合いを入れて来たというのに、何だか拍子抜けだった。ほっとしたような、残念だったような……とにかく変な達成感だった。

 すると、後ろから別の先生に声をかけられた。

「お~い、東」

返事をして振り向くと、担任教師の加藤先生がいた。こっちに来い、と手招きをしている。

「何でしょうか?」

「お前、最近勉強の方はどうだ? やっぱり部活に入って忙しいのか?」

俺の成績は、テストの点数でいうならば学年で五本の指に入ると自負している。何故ならば、高校に入ってから一度も五位より悪い順位を取ったことがないからだ。

 そして、俺はそのテストで十位以内から落ちると、この部活を辞めなければいけない。

 これは父との約束で、部活動は勉強の妨げであるとのことで、勝手に決められた。恐ろしいことに証明書のようなものまで書かされ、最後にはきちんと俺の指紋が赤く染まっていた。我ながら何という父親なのだろうとあの時は思ったものだ。

「確かに以前よりは時間が取れなくなっているのも事実です。ですが、自分では今の状態を維持していると考えているのですが……この間の小テストも、中々良い出来だったはずです」

加藤先生は頭を掻きながら『う~ん』と唸ると、

「……今日、お前の家の人から電話が来てな。『息子の様子はどうだ。文芸部とやらに入って一ヶ月が経ったが、まさかそれにかまけて勉学を疎かにしてなどいないだろうな』って。親御さん、相当心配してたぞ?」

「はぁ……」

その言い方は心配しているようには聞こえないのだが。

「まぁ強制はしないが、少しはそういったことも頭に入れておいてくれ。そろそろ中間テストも始まるしな。すまんな、時間を取らせて。じゃ」

「いえ、別に」

本当にいい迷惑ですよまったく……と思わず漏れそうになった本音を、舌を軽く噛んで抑え込む。危ない、気を付けなければ。

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