第62話 登山道にて
本来であれば登山シーズンが終わっている富士山を上る俺たち。しかし、まだ町では残暑も厳しく、ちゃんと登山装備を整えてきていることもあり体を動かしていると寒さもそう気にならない。
「確かに疲れるけど…思っていたほどじゃない、かな。」
少し休憩しながら、俺は素直にそう口にした。多分、ツクヨミさんの言っていたイワナガヒメさんの加護が効いているんだろう。山を登っているはずなのに、むしろ気力が充実してくるようにすら思う。そういえば、俺が産まれる前に父さんが安産祈願のために登ったんだっけ。父さんも俺と同じルートで登ったんだろうか。
「天気もいいし登山日和だね!」
フィジカルエリートのクズハも元気そうだ。山登りとも思えない軽装で斜面をぴょんぴょん跳ねるように上へ上へと登っていく。
「うらやましいね、悩みがなさそうで…本当に…。」
そんな声をあげるのはツクヨミさんだ。ここまで来たのだから、泣いても笑っても娘のかぐや姫との対面は避けることはできない。それでも、ツクヨミさんの表情は浮かない。
「ツクヨミさん、ちょっと休憩しましょうか。あまり顔色もよくないようですし。」
俺は少し後ろをついてくるツクヨミさんを気遣ってそう提案する。
「いや、大和。体力面、体調面は大丈夫だよ。僕は天上に上るような感覚で山も登れるから、運動エネルギーという観点からすれば、君たちよりも随分と楽をしているんだ。」
「へぇ…さすがはツクヨミさん。でも、やっぱり休憩は必要みたいです。」
「ああ…そうだね…。」
ツクヨミさんが振り返った先…結構離れた下の方には、完全にへばっているオタマが砂利のような斜面に張り付いていた。
「オタマ、大丈夫か?」
「……。」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
「お水を飲もうね。」
かなり下の段階で、オタマの荷物は俺が一緒に担いでいた。そのオタマの荷物から水筒を取り出してオタマに差し出すと、オタマは老婆のような震えた手でそれを受け取って頭に水をぶっかけた。
「…ぷはぁ…。生き返るのじゃ…。」
頭に水をかけて蘇生する様はカッパのようだ。
「大丈夫か、オタマ。」
「…わらわは海の女神なのじゃから、やっぱり海抜が高いところはどうもダメっぽいのじゃ…。なにやらスリップダメージが入るような感覚なのじゃ…。」
「そういえば…忘れていたけどオタマは海の神様だっけ。…しんどいなら一人で戻るか?」
オタマは置いていった方が良いかもしれない。見るからに、この先の戦いには着いてこられそうにない。
「いや…マーちゃんもきっとしんどい思いをしているはずなのじゃ…。わらわが助けに行ってやらねば…。」
そう言うオタマの呼吸は荒く、目も遠くを見ていて余裕がなさそうに見える。
「しんどくなったら斜面にへばりつく前に休憩を入れよう。無理するなよ。」
「うむ…。そうするのじゃ…。」
オタマが回復するにはもう少し時間がかかりそうだ。そう考え、クズハとツクヨミさんを呼び止めてしばし長めの休憩を取ることとした。
どかーん
休憩を取っている俺たちの頭上…山頂の方から何やら爆発するような音が響いてきた。
「なんだっ!?噴火か!?」
咄嗟に立ち上がって避難できそうなところを探す俺の上に、急に影が差した。と、次の瞬間、
「ぐぇっ!」
俺の頭の上に重くて固い何かがぶつかり、不意に踏ん張ることのできなかった俺は斜面を転がり落ちてしまう。
転がり落ちたのは十秒程度…だが、かなり下の方に滑落してしまった。
「大和様、失礼しました。大丈夫ですか?」
「いてて…大きな怪我はなさそうだけれど……空から降って来たのはイワナガヒメさんだったのか…。一体なんでまた空から。」
加護のおかげか、服の下に多少擦り傷はできているだろうけれど骨や靭帯は大丈夫そうだ。そして、話しかけてきたイワナガヒメさんの姿を見て、俺が滑落したのは頭上にイワナガヒメさんが降って来たのが原因だということを理解した。
「情けないことですが、かぐやに不覚を取りました。やはりものすごい力まで成長しています…。大和様もお気をつけください。」
「磐長姫にも抑えられなかったのか…。木花咲耶姫は?」
ツクヨミさんとしては今吹っ飛ばされてきたイワナガヒメさんが自分の将来の姿と重なるのだろうか、不安そうに訪ねてきた。
「木花咲耶は、登山シーズンが終わったため、たまたま日向に里帰りをしているようで…。」
「富士山頂のパワーはかぐや姫が独占しているというわけか…まずいな…。僕たちが束でかかってもボコボコにされてしまうかもしれないぞ。…諦めて逃げようか。」
「いや、ツクヨミさん…。戦いをしに来たんじゃありませんよ。そのためにタケミナカタさんに無理を言って龍の首の珠を貰って来たんですから…。何とか対話でぱせりとマーちゃんを返してもらいましょう。」
「山頂はもうすぐです。さあ皆様、がんばりましょう。」
俺たちは吹っ飛ばされてきたイワナガヒメさんを伴って、休憩を切り上げ山頂に向かうことにした。
オタマもイワナガヒメさんの小脇にひょいと抱えられ、無事に何とか山頂へは行けそうだ。
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