第63話 妹

 そしてついに俺たちは富士山頂に到着した。

「登山シーズンならたくさんの人が居るんだろうけど…閑散としてるな。」

 山頂は広く、人が居ないこともあってなんとなく神聖な感じもしてくる…いや、不気味と言った方が正しい表現かもしれない。

「皆さん、気を付けてください。いきなり襲い掛かってくることはないとは思いますが…」

 先にかぐや姫と接触したイワナガヒメさんが警戒を呼び掛ける。クズハとツクヨミさんはこくりと頷き、いつかぐや姫が表れても対応できるようにイワナガヒメさんは小脇に抱えていたオタマをそっと降ろした。


 しばしの静寂、どうやらかぐや姫からこちらに接触を図ってくるつもりはないようだった。

「月読様…。」

 イワナガヒメさんが口を開く。

「わかっている…。おおいかぐや!居るのかい!」

 ツクヨミさんの腹は既に決まっていたらしい。ためらいなく山頂のどこかに居るであろうかぐや姫に呼びかけた。


「久しぶりね、お父様。」

 あの時、スーパーマーケットの前で声を掛けられた時に聞いたのと同じ声だ。そして、その時に見たきれいな長い黒髪の女の子が俺たちの前に姿を現す。

「かぐや…ええと、その…」

 ツクヨミさんは呼びかけたは良いものの、何を話すかまでは決めていなかったらしく、言葉がうまく続いていない。

「不器用な男親まんまなのじゃ。」

 そんなツクヨミさんを見て、オタマはやや呆れ気味だった。


「ありがとう、お父様。」

「えっ?」

 それまで感情の読めない固い表情をしていたかぐやさんが、わずかに微笑んだ。先ほどイワナガヒメさんが山頂から吹っ飛ばされてきたことから、いきなり緊迫した状態になるだろうと予想していた俺たちにしてみれば予想外の反応だ。

「お父様は、やっぱり私の欲しいものがわかっていたのね。」

 いや、さっぱりわからん…ツクヨミさんの表情はそう物語っている。言葉を失ったツクヨミさんにオタマが忍び寄り、

(何してるのじゃ!とりあえず話を合わせておくのじゃ!)

 と、こそこそ囁いている。

「えっと、ああうん、そうだね。僕は君の父親?だからね。かぐやの欲しいものはわかるさ。」

 そんな適当なことを言って大丈夫だろうか…。

「うふふふ…うれしいな…。」

 かぐやさんは笑顔を浮かべている。その言葉に裏表はないように思える。とにもかくにも、思っていたよりも穏便に話が済みそうなのは助かった。


「ところでかぐや、この大和の家から攫って行ったぱせりちゃんとマーちゃんを家に帰してあげて欲しいんだけど…。」

 そう、俺とオタマがツクヨミさんに付き合ってこんなところまで来たのは、今ツクヨミさんが言ったことが目的だ。ぱせりとマーちゃんを返してくれれば、すべてが丸く収ま…

「だめよ。」

「えっ…?かぐや…」

「ぱせりちゃんと、マーちゃんを返すのは、だめ。」

「かぐやが攫って行ってしまったことで、ぱせりちゃんの兄の大和と、マーちゃんの飼い主の小玉姫は心配しているんだ。」

「そうなのじゃ!おとなしくわらわのマーちゃんとぱせりを返すのじゃ!」


 笑顔を浮かべていたかぐやさんの目が鋭く変わった。瞬間、あたりの空気が緊張し張り詰める。

「大和様、私の後ろに。」

 空気の変化を感じ取り、イワナガヒメさんが俺とかぐやさんの間に割って入るように立ち、クズハは黄泉の門から愛用の神剣を取り出して臨戦の構えを取る。

 そんな二人に対して、ツクヨミさん首をゆっくり振りながら手を上げて制すような動作をした。

「かぐや、お前が欲しがっていた宝物があっただろう。その一つ、龍の首の珠を持ってきた。これをあげるから、さあ…。」

「…そんなもの、要らないもの。」

「じゃあ、何が欲しいんだい。仏の御石の鉢、火鼠の皮衣、蓬莱の玉の枝、燕の子安貝…」

「もう何も要らないわ、お父様。だって、私が欲しかったものはもう貰っているもの。」


 いまいち会話が成立していない気がする…。

「やっぱりあの子サイコね!」

 先般かぐやさんに襲われたクズハは容赦がない。

「ううん…讃岐の造と媼の教育が悪かったんだろうね…。」

 ツクヨミさんは自分の娘の教育をまた人のせいにしている。

「妹の躾が悪かったのでしょうね。あの子は実子の教育も失敗しましたから…。」

 イワナガヒメさんは妹さんへの当たりが強い。

「うむ。木花咲耶ねーさまの息子、特に山幸彦とかいう奴はくそなのじゃ。あやつのせいで姉上は…」

 オタマよ、今はそんなことを言っている場合じゃないだろう…。


「ええと、かぐやさん。俺はぱせりの兄だ。ぱせりが居なくなって心配している。…それはそれとして…。かぐやさんが欲しかったもの、って一体何なんですか?」

 意を決して俺はかぐやさんに話しかけた。

「ぱせりちゃんのお兄様…でしたか。」

 険しく変化していたかぐやさんの表情が不意に和らぐ。


「お兄様、私は…ぱせりちゃんや、マーちゃんみたいなお友達が、ずっと欲しかったの。」

「友…達…?」

「だから、ごめんなさい、お兄様。ぱせりちゃんとマーちゃんは、返さない。絶対に─」

 かぐやさんの顔は、いつの間にか氷のように冷たい笑みに変わっていた。

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