第51話 プロローグ、エピローグ

 龍の姿のタケミナカタさんの背に乗って、黄泉の国の出口、出雲からまっすぐ東へ飛ぶ。空から高速で日本を旅するのは新鮮で、飽きが来ないものだ。


「そういえばオタマ。あのまま戦っていたらタケミナカタさんの圧勝だったんだろうけど、なんであっさり負けを認めてくれたんだろう。」

「神の世界では約束事は大事で、あらかじめ相手の神に宣言したことを破るのはもってのほか、死ぬほど恥ずかしいことなのじゃ。最後のわらわの挑発に乗ってくれたのも、わらわが『術が破られたら負けを認める』とあらかじめ宣言したからというのもあるのじゃぞ。」

「なるほど、だから手を使ったら負け、というのを認めてあっさり退いてくれたくれたのか。」

「そういうことなのじゃ。だから、神前式で誓詞奏上した夫婦は離婚しないことをおすすめするのじゃ。」

「…まあ離婚しようと思って結婚する人は居ないからな…」

「大和もわらわの親父殿と約束したことを忘れるでないのじゃ。なお、熊野権現的には約束を破ると地獄行きなのじゃ。」

「地獄って…宗教感がごちゃ混ぜでよくわからんな…。」


「大和様、右手に富士山が見えてきましたよ。」

 俺の後ろに座っているイワナガヒメさんがナビをしてくれた。

「この角度から富士山を見るのは初めてだなぁ…普通だったら高山病になってるんだろうけど、今俺は死んでるから大丈夫なのかな。」

 と、富士山を見て、俺は妙な違和感を覚えた。


「…なんか富士山が激しく煙を噴いているように見えるんだけど…これは俺の気のせいか…?」

「なんか…めっちゃモクモクしてるのじゃ…。」

 俺の前に座っていたオタマの目にもそう見えるらしい。

「これってもしかして富士山噴火の前兆じゃあ…。」


「ご安心ください、大和様。妹からは富士山が破局的噴火をさせるという情報は入っていませんから。」

 そういえば、イワナガヒメさんの妹のコノハナサクヤヒメさんは、富士山の山頂の神社にいるんだっけ。

「でも…なんか尋常ならざるっぽいんですけど…。」

「確かに富士山は現在も地下で活動を続けている活火山です。ですが、火の神である私の妹、木花咲耶コノハナサクヤが居る限りは大丈夫です。もっとも、木花咲耶をはるかに上回る火の神が干渉すれば話は別ですが、現在の日本には木花咲耶をはるかに上回る火の神は居ませんから。思い当たるとすれば火之迦俱土ヒノカグツチ様くらいのものですが、火之迦俱土様は伊弉諾イザナギ様の神剣天之尾羽張アメノオハバリで殺されてしまっています。」

「俺が斬られた剣だそれ…。」

「まあ噴火しないと言っても、普段から防災の備えを知っておくことはBCP的にも重要ですから、生き返ったら内閣府の防災情報ページが公開している富士山火山防災マップを見てみることをおすすめしますよ大和様。」

「BCPって…俺はまだ高校生だよ…。」


 そんな会話をしているうちに、富士山は後方へと消えていった。


────────────


「お兄ちゃん!おかえり!」

 生き返った俺への第一声は、妹のぱせりのこの言葉だった。

「心配かけたな、ぱせり。」


「まったく…まだ高校生の肩書で同級生のお経をあげることになるとは思わなかったぜ。」

「マサル…。お金を送ってもらって助かったぞ。なんか三途の川でおばちゃんに服をひんむかれたけど、おかげで対岸にあったオニクロ…ファストファッションで新しい服を買えたんだ。」

「よくわかんねーけど、落ち着いたらあの世の話を詳しく聞かせてくれ。」


「大和殿、大変でしたな。」

「シオツチのおじさんは留守番でしたか。」

「大和殿の肉体の再生のためにちゃんと仕事をしていたのですぞ。」

「確かに…三分割に斬殺されたのに傷一つない…ありがとうございました、シオツチのおじさん。ところで、お隣の美しい女性は?」

 シオツチのおじさんの隣には上品な笑みを湛えた貴婦人が座していた。しかし、俺の質問に、シオツチのおじさんとマサルは不自然に目を逸らした。

「はじめまして大和さん。私は蛤貝姫ウムギヒメと申します。塩土老翁シオツチノオジ様のご依頼により天界より参りました。無惨な姿になったあなたの肉体を再生いたしました。」

「そうだったんですか!ありがとうございます、ウムギヒメさん。」


「あれは…。」

「世にもおぞましい光景でございましたな…。」

「?」

「無事大和さんも復活したことですので、私はこれにて失礼させていただきますね。」

「感謝しますぞ、蛤貝姫殿。帰りには池袋にも寄って行かれるがよろしかろう。」

 シオツチのおじさんの言葉にウムギヒメさんはにっこりと笑い、部屋から出て行った。少し後、外から野太い女性の声で「よっしゃー!」という声が聞こえたけどウムギヒメさんとは別人だろう。


────────────

 フツヌシさんは「義理は果たしたんでもうこれでいいですよね。」と言って黄泉の国から直接天界に帰ったそうだ。

 ツクヨミさんは帰ってきてからずっとぐったりしていた。オタマから聞いた話だと黄泉の国ではあまり役に立っていなかったとか。もっとも、俺を助けるために真っ先に動いてくれたツクヨミさんにはとても感謝している。


 そんなこんなで俺の死後の世界の旅は終わり、無事、平穏な日常に戻ることができた。



 と、思ったのだけれど…。


第四章 完

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