第46話 君の真名は

「ぐえー!!!!」


 小玉姫に腕を噛まれた事代主は泡を吹いて卒倒してしまった。

「これは…いったいどういうことだってばなのじゃ…。まさか、わらわには禁じられた力が封印されていてそれが今まさに開放され─」

 宙ぶらりんの身から解放された小玉姫は事代主をつんつんつついてみるが、事代主は白目を剥いて気絶してしまっている。

「菊理姫さん、妖怪パッドで調べてみてもらえますか。」

「磐長姫さん、これは普通のスマホっす…。えーと、あれでもないこれでもない…。」

 菊理姫はスマホをすいすい操作して情報を調べ始める。そして

「あっ…ああ、そういうことっすか…。」

「一人で納得していないで解説をお願いします。」


「えーと、これはウィキペディアに載ってたことっすけど…事代主さんは昔ワニに噛まれたことがあるみたいっす。」

「ウィキペディアは便利ですね。」

「なにやら諸説あるみたいっすが、鶏が真夜中に鳴いて、朝だと思って勘違いして船に乗ったら櫂を失くして手や足で漕いでたらそこをワニにガブリとやられたと書いてあるっす。それ以降、事代主さんは鶏を怖がるようになって、その話の伝わる地域、島根県の美保関(現在は松江市に合併)では鶏を飼わないとかなんとか。」

「ガブリとやられただけに噛み砕いて解釈すると、ワニに噛まれるのがトラウマになっていて、ワニである小玉ちゃんにガブリとやられて精神的ダメージを負ったのですね。」

 磐長姫は、横で血を吐いて倒れている月読をちらりと見やった。


(そういえば…大昔に真夜中に船を漕いでる音がうるさくて誰かをガブリとやった記憶があるようなないような気がするのじゃ…)

 小玉姫は少し昔のことを思い起こしたが、それ以上考えるのはやめておいた。


「事代主さんもワニに変化できる神様のはずなんすけどねー…。でもこれで小玉姫さんは助かったっす!」

「しかし、ネットで検索すると弱点が出てくるなんて…高度に情報化された近代では下手に名前が売れるのも困りものですね…。」

「だから、英雄とか英霊は真の名前を隠して召喚されるのが最近のトレンドみたいっすよ。」

「あっ!クズハそのゲームやってる!」

「葛葉さん、そんなゲームばかりやっているから赤点になるのですよ。」

「うぐっ!」

「次の小テストで赤点だったらゲーム機を取り上げますよ?」

「スマホだし!」

「それはそうと、小玉姫さん今がチャンスっす!事代主さんが気絶している間に早く大和さんのところに行ってください!」

「わかったのじゃ!」

「あと、このスマホを持ってくと良いっす!万が一神格の高い神様と出くわしても、もしかしたら、ひょっとして、同じように弱点を調べてなんとかできるかもっす!」

「これは便利な妖怪パッドなのじゃ!」

「スーマーホーーーーっす!!!!」

 檻を通り抜け自由の小玉姫が再度檻の中に入り、菊理姫のスマホを受け取る。しかし、

「ちょっと!まちなさい!クズハが居る限り逃がさないわ!」

 よそ見をしていた経津主の脇をかいくぐり、葛葉が小玉姫に飛びかかった。


 バチン!

「ぶべらっ!」

 小玉姫は咄嗟に部屋の外に出て難を逃れ、対して葛葉は自分の召喚した檻に弾かれ畳の上に投げ出されてしまった。

「どうやら葛葉姫さんもこの部屋から出られなくなったみたいっすね。」

「自ら呼び出した檻で自分が閉じ込められてしまうとは愚かな…。いや、教え子として恥ずかしいですね…。」

「葛葉姫さん、こうなったらじたばたしても無駄っす!」


「さて…これで当面は小玉ちゃんも大丈夫だとは思いますが…くれぐれも気を付けてくださいね。館の中には手下の黄泉の国の鬼がたくさんいるでしょうから。」

「了解なのじゃ!」

 小玉姫は磐長姫の声を背に、元気よく廊下を駆け出した。

(大和よ!今行くのじゃ!)


 *


─ 十分後


「…迷ったのじゃ…。」

 黄泉の国の王である大国主の館は広い。まして、部屋と部屋が連結している和風の作りになっているため、人目をさけつつ廊下を回っていてもたどり着くことのできない部屋もある。行けども行けども地下への階段は見つからず、しばらく館の中をぐるぐる回った小玉姫は、中庭に面している通路でへたり込んでしまった。この中庭はぐるぐる回っているうちに既に何度か通り過ぎていたため、「またか」という疲労感が体の動きを鈍くした。

「困ったのじゃ…この妖怪パッドで調べてもさすがに家の地図は出てこないのじゃ…。」

 ぽつり。小玉姫が泣き言をつぶやくと、その時中庭の木の陰から

「あらあら…お困りのようですね…。」

 という声が響いた。


「?…!お主はーっ!?」

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