第16話 流水不腐

 地元の駅に戻ると、先ほどまでの異常気象はすっかり収まっていた。多少気温は下がったものの、地面にたくさんできた水たまりに反射した太陽光で上と下の両面からこんがり焼かれてしまうかもしれない。


「なかなかのチョイスでしたな、大和殿。」

 シオツチのおじさんが右手に下げた荷物を指さして嬉しそうにそう言った。

「適当に食べたいものを買っただけですよ。」

「しかしながらなかなかお目が高いですぞ。おかきとバームクーヘンの組み合わせなら、しょっぱいと甘い。固いと柔らかい。和と洋。米と小麦。対称的で調和が取れております。日本の神的にはこのような調和を大事にするのです。」

「へー…そういうものなんだ。」

「対称的な2つの間によくわからないものが挟まると神的には完璧ですな。」

「よくわからないものって…。」

「しょっぱくも甘くもなく、固くも柔らかくもなく、和でも洋でもなく、米でも小麦でもないものですな。」

「しょっぱくも甘くもないって…何か不毛な食べ物な感じがするな…。」

「あるだけでバランスが取れるのです。例えば三貴神は天照アマテラス様と素戔嗚スサノオ様の間に月読(ツクヨミ)様がいらっしゃいますが、あの方は特に何もしておりませんでな。」

「そういえば名前は聞いたことあるけど、確かに何をしたかは知らないな。」



「大和見つけたーっ!」

「この能天気な声は…クズハ!」

 振り返ると俺の命を狙う死神は、空中からスタッと軽い音を鳴らし着地した。


「久しぶりだね大和!逢いたかった!」

「俺は会いたくなかった。あと母さんに持たせた土産のまんじゅうは捨てたからな。」

「…あちゃ~失敗か~。」

「やっぱり食べるとヤバイやつだったか…。」

「最期に頼れるのは物理だね。」

 言葉を少し交わしただけでこれだ。この子は思考のベクトルが「俺を殺す」に一直線すぎる。


「小娘、この塩土老翁シオツチノオジが居る限り大和殿を害することはできぬぞ。怪我をせぬうちに根の国へ帰るがよかろう。」

「海のおじさん昨日は出雲に居たのにもう大和のところに居るなんて速いね。クズハは肉体の再生にも時間がかかっちゃったからちょっと時間がかかっちゃったのもあるけどね…。」

「せっかく来ていただいたのに恐縮ですがな…すぐに黄泉の国に送り返して差し上げるとしましょうかな。」


「がんばれシオツチのおじさん!今はあなただけが頼りだ!」

「ご心配なさるな大和殿。私も旧き神のはしくれ。このような小娘に後れをとることは万が一にもありませんぞ。」

 シオツチのおじさんは右手を手刀の形にし、前に据えた武術のような構えを取り、クズハの攻撃に備えた。


「ふーん…やる気なんだ、おじさん。邪魔をするなら怪我じゃすまないよっ…えいっ!」

 クズハは力の抜けたように見えた体勢から剣を持つ腕を鞭のように振り、シオツチのおじさんに斬りかかった。


「───っ!」

 クズハの鋭い斬撃はシオツチのおじさんの体を確かに横に薙いだ、ように見えた。しかし手ごたえはなく、力いっぱい剣を振るった勢いでクズハが剣に引きずられ体勢を崩した。


「不意の一撃を狙ったせいで逆に剣に振りまわされる形となりましたな…まだまだ肉体の調和が甘いですぞっ!」

 いつの間にかクズハの後ろに回りこんでいたシオツチのおじさんは、流れるような動きでつんのめったクズハの軸足を払い、クズハは地面に叩きつけられる形となった。


「体幹の鍛え方が甘いですな、小娘。」

「つ、強い…そしてかっこいい…。俺が女だったら惚れていたかもしれない…。」

「ハハハ、大和殿よしてくだされ、照れますぞ。」


「いたた…よくも…よくも大和の前で恥をかかせてくれたね…。しかもおじさんのくせに大和に色仕掛けをするなんて…絶対に許さない…。」

「!?」

 クズハから強烈な殺意が発せられ、その場の空気が凍り、この炎天下の中なのにゾワッと寒気が襲ってきた。


「ほほう…殺気だけは一人前ですな。」

「──殺すっ!」

 クズハは言葉とともに一瞬で距離を詰め、鋭く剣を振るう。しかしやはり手ごたえはない。しかし、今度は斬撃のあとバランスを崩さずくるりと反転し、背後に回り込んでいたシオツチのおじさんの反撃に備え、一歩飛びのき距離を取る。


「確かに捉えたと思ったのに…!」

「私の戦闘スタイルはいわば水のようなもの。水に向かって剣を突き立てようとしても無意味なことがわかりませんかな。小娘よ、お前の太刀筋は既に見切った。もう一度言いますが、大怪我しないうちに黄泉の国へ帰るがよろしかろう。」


 シオツチのおじさんは落ち着いた表情でクズハを見据えていた。対するクズハは…表情から怒りの色が消え、薄笑いを浮かべている。


「クズハ!悪いことは言わないから故郷へ帰れ!お前にも家族が居るだろう!」

「大和、心配してくれてありがと…でも大丈夫だよ。この前みたいに、剣が当たっても殺せないのはさすがに困るけどあのおじさんは剣が当たりさえすれば、殺せるから。だから、大丈夫。」

「当たると思いますかな?」

「うん。当たる…ううん、当てる、から。」


 そして、クズハは三回目となる斬撃を放った。

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