第2話 150万年の行き遅れ少女
あれから2週間が経った。
だが俺は何も変わらず平和な夏休みを過ごしている。
強烈な出来事だったが、日を追うごとに現実感は無くなっていき、このまま以前と何も変わらない普通の日常を送れるのだ、と安心感が強まってくるのを感じる。
「お兄ちゃん!夕立だよ!洗濯物取り込むの手伝って!」
「ああ、今行く。」
妹のぱせりの声に相槌を打ち、ベランダに向かうと既にぱせりの姿はそこにはなかった。残った洗濯物を見るに、自分の下着だけ取り込んで、俺の目に触れぬようにしまいに行ったのだろう。
「もうそんな年頃なんだな…。」
洗濯物を取り込み終え、畳みながら思った。
ぱせりは中学生だ。母さんが死んでから家事は主に俺が回していたが、最近では一通りのことはぱせりと分担してできるようになっている。子どもはいつのまにか大きく育っているものだ。
…だけど、まだまだ子どもは子どもだ。もし俺が今結婚したら、あいつは一人ぼっちになってしまうだろう。
「そう考えると、やっぱり結婚なんてできないよなぁ…。」
「メ~」
「大体16歳で結婚なんて現代日本では早すぎるだろう。なぁ。」
「メ~」
「メー?」
妙な相槌がした方を向くと、山羊が俺の畳んだタオルをもっしゃもっしゃとむさぼっていた。
ははは、冗談キツイぜ。また洗濯しなおさなきゃあな。
「…なんで家に山羊が居んだああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
いや、これは山羊か?上半身は山羊だが、下半身は人魚のような、蛇のような、そんな姿をしている。おまけに宙に浮いている。
「お兄ちゃんなに叫んで…あっ山羊!かわいー!」
「そうか、ぱせりの友達だったのか、珍しい友達だな。」
「さすがにこんな友達は居ないよ。…それに、このコ山羊?」
「メーって言ってるから山羊だろ、多分…。」
「山羊ではないぞ。摩伽羅のマーちゃんじゃ。」
「メ~」
「そうかーマーちゃんなのにメーって鳴くんだなぁお前。」
「メ~」
ちゃんと返事をするあたり確かになかなか可愛い奴だ。
「ところでYOUはどなた様?」
山羊?に気を取られていて気が付かなかったが、山羊?には青い髪の、小さな女の子が腰掛けていた。見た目、中学生のぱせりよりも幼く見える。
「わらわは海神 綿津見が末娘、小玉姫じゃ。大和よ、今日から世話になるぞ。よしなに、な。」
「オタマ…ヒメ…?」
山羊?に腰掛けた少女は、恐竜のそれのような尻尾…をぶおん、と唸らせながらそう言った。
即座に緊急家族会議(と言っても俺とぱせりの2人だけだが)が招集された。
「お兄ちゃん説明!」
「かくかくしかじか あれあれこうして天知る地知る人が知るというわけだ。」
「海水浴で溺れて死ぬところを助けられて結婚の約束をさせられたんだね。」
好奇心旺盛なお年頃の妹は理解が早くて助かる。
しかし、精神的に幼い、とは言っていたが見た目まで幼いとは。
「何をひそひそ話しておる。そんなことよりマーちゃんの話をしてやろう。」
「気になる!」
本筋から脱線してこんな反応をしてしまうところは玉に瑕だ。
「まずマーちゃんは山羊ではない。摩伽羅という魚じゃ。」
「上半身は山羊の魚なんて初めて見た!」
「大物主様からいただいた稚魚をわらわが大切に育てたのだぞ。マーちゃん、お手じゃ。」
「メ~」
「かわいー!」
そんなことはどうでもいい。
「はい質問!マーちゃんは何を食べますか!?」
タオルをむさぼるだけならまだいいが、人に危害を加えるようであれば、怪物魚ハンターにお越しいただき、CS局の人気コンテンツになっていただく必要がある。
「マーちゃんは草食じゃ。魚や肉は好まぬ。」
「やっぱり山羊みたい!」
「山羊は海の中には居ないだろ…。」
「お兄ちゃん、山羊も鯨やイルカと同じ鯨偶蹄目だよ。海に居てもおかしくないよ。」
鯨やイルカに蹄はないだろ…ともあれマーちゃんが俺たちに襲い掛かってくることはなさそうだ。
しかしまだ危機が去ったわけではない。真の問題は目の前のちんまい少女だ。見た目、尻尾以外は人間の女の子に見えるが、コンタクトを誤るとマルカジリ案件に発展する恐れがある。慎重かつ丁寧に、そしてなんとかお帰りいただく方向に持っていけるよう対応せねばなるまい。
「ゴホン、ところでそのー…」
「オタマちゃんはいつお兄ちゃんと結婚するの?」
「ぐふっ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ふむ。そこなのじゃが…わしはまだ結婚は早いと思っておるのじゃ。」
いきなり妹からキラーパスが飛んだのにはヒヤリとしたが、これはいける!心の中でガッツポーズせざるを得ない。
「わらわの姉上は今からおよそ150万年前に結婚したのじゃが、相手が良くない男でのう…。海の神の娘は出産する時には人の姿ではなく、本性のワニの姿で出産をするのじゃが、出産するところを見るなと釘を刺しておいたにもかかわらず、あやつは姉上が出産するところを覗き見をしよったのじゃ。」
「ひどいねー。」
「ソウダネ。ヤッパリ人ト神様ガ結婚スルノハ良クナイヨネ。住ム世界ガ、価値観ガ違ウンダモノ。」
「姉上はそれがショックで出戻ってきてしまったのじゃ…。それからというもの、姉上は毎日毎日天手小町で愚痴トピばかり立てておるのでな、その姿を見るとわらわは結婚などしたくはないのじゃ…。」
「天手小町。」
「涙ぽろり系の話だね。」
「そうじゃ。神の世界には天手小町という啓示板があってのう。紙メンタルの天照様がお隠れにならないように、適度にストレスを発散してもらおうとサービス開始した、女神に人気の神ネットコンテンツじゃ。」
「それって大手小m」
ピンポーン
「お兄ちゃん誰か来たよ。」
「どうせ新聞の勧誘だろう。今はそれどころじゃない。無視だ。話を続けてくれ。」
「うむ、しかしそのことを話しても『150万年も家でゴロゴロしてるな』と親父殿がブチ切れて始末に負えんでのう。とりあえず会うだけでも、という落としどころで追い出されるようにはるばるやってきた、というわけじゃ。すまぬが親父殿の機嫌が収まるまでは厄介になるのじゃ。」
「」
「よろしくね!オタマちゃん!」
「うむ!世話になるぞ。」
おなか痛くなってきた。
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