奥様はワニ娘?

雪白 瑚葉

第一章 ワニ娘と、行き遅れと、死神

第1話 溺れる者はワニをも掴む

「どうやら目を覚まされたようですな。」

「…ここは…?」

 気が付くと、そこは薄暗いだだっ広い空間だった。目の前には豪快そうなガチムチのオッサンと、座っているオッサンに付き添うかたちでダンディな初老の男性が傍に立っていた。


「堀 大和16歳 男性。母は交通事故で死亡、父親は仕事で不在がちのため実質妹との2人暮らし。恋人なし、と。データベースではこうなっていますが間違いございませんな?」

「…そうですが、ええと…あなたは?会ったことありましたっけ?」

「私は塩土老翁(シオツチノオジ)。潮流の神です。そしてこちらは綿津見(ワタツミ)、海の神です。貴殿は海で溺れて死ぬところだったのですぞ。」


 そういえば…俺は高校の友達と海水浴に来て…泳いでいたら何者かに足を引っ張られてそのまま意識が遠くなって…

「ええと…シオツチのおじさん、あなたが助けてくれたんですか。ありがとうございます。」

「礼には及びませぬぞ大和殿。さて、綿津見殿。」

「うむ。大和よ、実はお前に頼みたいことがあって、本来溺れ死ぬはずだったお前を塩土に助けさせたのだ。」

 ガチムチのオッサンの険しい表情からなんとなくヤバイ雰囲気を悟った。しかし、死ぬところを救ってもらった手前、話を聞く以外には、ない。


「わしには娘が居てな。上の2人はもう結婚しておるのだが、末の娘の相手が見つからんでな。ずっとニ…家事手伝いをしていて世間体が良くないのだ。この前も早く嫁に行けと話し合いをしたのだが、一番上の娘が出戻ってしまったのが影響しているのか『結婚だけが女の幸せじゃない、結婚したら負けだと思っている』などとぬかして大喧嘩になってな。」

「いつのまにか殴り合いにあって、その後噛み付き合いになっていましたな、ハッハッハ。」

「ヘーソウデスカ。」

 帰りたい。帰してほしい。続き聞きたくない。だってオッサンの体中に人間のものとは思えない歯型がたくさんついてるんだもの。


「単刀直入に言おう。堀 大和、お前わしの娘を貰ってくれんか。」

「お断りします。」

「そう言うな。なかなかあれで良いところもある娘だぞ。多分。」

 多分って…。


「実は綿津見殿の娘御と大和殿とは相性がバツグンに良いことが神の力により証明されておるのですぞ。」

「なにそれ?」

「神アプリ出雲縁結び相性診断によると、なんと相性68%ですぞ!」

「ちょっと待てよ!微妙だろ!」

「うむ、神アプリも『うまく行くかは本人の気持ち次第!頑張ってね!』と良い感じのコメントを表示してくれておるぞ。」

「いや、それむしろ数値低めに出たけどガッカリしないでね、って感じのコメントだろ!」

「このアプリは精度が良すぎて娘御と診断すると…その、大抵相性値が低くなってしまうのです、あの娘御は精神的に幼いと言いますか、その、多少、問題がございますからな。ですから68%はとても高い数値なのですぞ。」


 ない。これはないな。きっぱり断って帰してもらおう。

「アノー…悪いんですが僕まだ結婚を考える年じゃないんで…残念ですがーお断りさせていただきますー。」

「そうか…残念だが…」

 おっ、納得するか?


「死んでもらおう。」

「ごぼっ!?」

 突然息ができなくなり、水の中のように体の動きが鈍くなる。


「本来溺れ死ぬのが定めだったのだからな。しかし残念だのう。」

「大和殿、死体はちゃんと地上に戻して差し上げますからご安心くだされ。」

「ぼばんしんべぎるばっ!」

「いやー、若い命が散るのを見るのは忍びないのう。娘を貰ってくれれば助かる命なんだがなー、いやー残念だなー。」

「籍を入れるのと、鬼籍に入るのとどちらが良いのでしょうなぁ。」

「男なら入れるほうだろう!あっちの方もな!ガッハッハ!」


 軽い口調で言っているが相手は神様である以上、真意がつかめない。最悪、本当に殺される。

「ばがっだ!げっごんびばず!げっごんざぜでぶだだい!」

 もはや俺にできることは脅迫に屈し、ありったけの力で首を縦に振ることだけだった。


「そうか!貰ってくれるか!さすがわしの見込んだ男よ!」

「おめでたいですな。」

「では、これからの段取りだが、わしはこれから娘を説得にかかる。娘が納得し次第お前のところに送り届けよう。よいな?大和…いや旦那殿。」


「…わかり、ました…。」

 空気って本当に大事だな。空気いつもありがとう。

「それと、これを渡しておこう。鹽乾の珠だ。これがないと最悪娘に殺されてしまうかもしれんからな。よいか、絶対に肌身離さず身に着けておくのだぞ。」

 なにやら物騒な言葉とともに、オッサンに玉のついたブレスレットのようなものを握らされた。

「では塩土、旦那殿を地上に戻してやってくれ。」

「承知…当て身!!」

「ぐはっ!」



気が付くと、俺は海水浴場の救護室のベッドの上に居た。夢を見ていたのだろう、と思いたかったが、左腕にぶら下がっていたブレスレットが、あのことが現実だったということを物語っていた。

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