第9話
「バタイユって分かる? 哲学者の」
美しさの話でふと思い出しました。聞いてみます。
「あぁ、エロティシズムの」
知っていました。意外と博学な彼なのでした。胸を張って偉そうに高説でもと画策した私は一体。くすん。
主に彼の説は、男性が性に対してどのように興奮するのかについて、具体例を交えて展開されていきます。
そこで彼は、『禁止』と『侵犯』という二つの言葉を使って男性の性的興奮について説明を試みました。砕けますと、男性は禁じられた恋や背徳的行為などに興奮を覚える、というものです。何故男性は女体の裸に異常な興奮を示すのか。それは普段、女性の裸が布で覆われており見ることが出来ず(禁止)、性的行為に及ぶ際にようやく布を自らの手で剥がし、興奮の対象であった女性の裸というものを見ることに成功する(侵犯)から……という風に、バタイユは『エロティシズム』という著書に遺しているのです。
そしてバタイユの説は、何故男性が容姿の美しい女性を好むのかにまで進んでいきます。彼は、これも『禁止』と『侵犯』の二つで表すことが出来るというのです。
今回、この二つの言葉は、美しい女性を自分の欲望で穢すという所で使われます。男性は、美しく清潔であり身分も高く、自分に振り向いてくれる可能性のほとんどない相手(禁止)を、自らの欲望のままに、醜く穢れ、自分よりも身分、立場の低くなった状態にまで貶め陵辱し(侵犯)、そのことで興奮を感じるのです。
そこで考えてみますと、この『禁止』と『侵犯』の度合いは、相手である女性が美しければ美しいほど大きくなるのではないでしょうか? 女性が美しいほど自分のものにするのは大変で障害も多く(禁止の増大)、貶める落差も大きくなります(侵犯の増大)。つまり、興奮の度合いも相対して大きくなるのです。
バタイユは、男性が美しい女性を求める理由をこう考えるのです。
そして、女性は男性を喜ばせるそのために、いつでも美しくなければならないとも。
「一度男性の方に聞いてみたかったのだけど、彼の主張はやっぱり全ての男性に通じるものなの?」
「うん。個人差こそあれ、みんな意識の奥、深層意識では確かにそういう願望はあると思う。まあさっきも言ったけど、僕は清らかさと美しさとを正反対のものだとしている立場だから、あんまりバタイユの話を肯定するわけにもいかないんだけどね。どう、幻滅した?」
「馬鹿を言わないで。それくらいで絶望するようなら、私はもうとっくに笑顔を失うか、それとも逃げ出すかしているわ」
「それもそうだ」
彼は笑いました。洗濯も着々と進んでいます。
「じゃあこっちからも質問。あれはバタイユが男だから仕方のないことなんだけども、僕からしたら逆に女性はどうあるのかが全く分からないんだ」
「それは私だって分からないわよ。私に女性の一般像を重ね求められても困るわ」
「ふ~む……」
それはそうでしょう。答えられません。
私は男性に侵犯される退廃を、美しいと感じているのですから。
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