第三章 その二 水面下の動き
「ザンバースの部下達の動きが見られなくなった。奴は君の安全な事がわかったので、こちらが動くのを待つ考えらしい」
ディバートはレーアに着替えを渡しながら言った。何かの制服のようだ。
「何、これ?」
レーアはあまりセンスが良くない感じを受け、露骨に嫌な顔をする。
「君がどうしても我々の同志になるのが嫌なのなら、せめて
ディバートの言葉は穏やかだったが、「嫌とは言わせない」雰囲気を醸し出しているのが、レーアにはわかった。
「私には拒否権はないんでしょ?」
「これは君のためなんだ。あまり俺達を困らせないでくれ」
ディバートは初めてムッとした顔を見せた。
「あらあ、怒った顔もカッコいいわね、ディバート」
レーアがからかう。するとディバートは赤くなった。
(案外純情派?)
レーアはクスッと笑った。
「いいから、これに着替えろ。俺は忙しいんだから!」
ディバートの声が本気モードになったので、レーアは肩を竦めて制服を受け取る。
「ねえ」
「何だ?」
ディバートは苛ついた顔でレーアを睨む。レーアは愛想笑いをして、
「私が着替える間も、私を監視しているつもり?」
「当然だ。逃げ出されたら困るからな」
ディバートの答えに今度はレーアがムッとした。
「嫌らしいわね! やっぱり貴方達、悪戯目的で私を捕まえたんでしょ?」
ディバートはわざとらしく笑ってみせて、
「そうか、君は女の子だったんだね。失礼」
その言葉に、レーアは本当に落ち込んだ。彼女の目に涙が光る。
「えっ?」
ディバートはレーアがまた怒り出すと思っていたので、彼女の涙にビックリしてしまった。
「あ、その、えーと……」
男は女の子に泣かれるのが一番困るものだ。ディバートもそれは同じだった。
「酷いわ。いくら私の事が嫌いだからって、そんな言い方しなくても……」
レーアは大粒の涙をポロポロとこぼし、両手で顔を覆った。
「わ、悪かったよ。すまなかった。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。わかってくれ」
ディバートはレーアの肩に手を置いて、彼女を慰めた。
「やーい、引っかかった!」
レーアは手をどけて、ディバートを見た。
「何だと?」
ディバートはレーアの嘘泣きに騙されたと思った。
「騙したのか?」
「貴方が酷いことを言ったから。これでおあいこよ」
レーアは本当に泣いていたのだ。でも、ディバートが本気でレーアを侮辱したのではない事がわかり、嘘泣きをした事にした。彼女なりの気遣いである。
「あのなあ……」
ディバートも、レーアの目が赤いのを見て、彼女が本当に泣いていたのに気づいた。
「ところでさ」
レーアは涙を拭って言った。
「向こう向いててよ。そんなに私の裸が見たいの?」
今度は挑発するような目でディバートを見る。ディバートはまた赤くなり、
「あ、いや、すまない」
と慌てて背中を向けた。
「見たくなったら言ってね」
「そんな事言わないよ!」
「見たくないの、私の裸?」
レーアは面白がって言う。ディバートは相手にすると図に乗ると判断し、
「さあね」
と恍けた。
「はい、終了」
レーアは喪服を手に持ち、クルッと回ってみせる。勢いが良かったせいで、ディバートはレーアのパンティを見てしまい、俯いた。レーアは気づいていないようだ。
「フーン、中々な着心地ね。いいかも、この制服」
レーアはスカートの丈を詰めようとした。それを見て、ディバートが、
「おいおい、高校の制服じゃないんだ、それ以上短くしないでくれ」
「えーっ!? カッコ悪いんだけど、このままじゃ」
レーアは不満そうに膨れっ面をする。
(それ以上短くされてたまるか)
ディバートはさっきの事を思い出し、また赤くなった。
「ああ、こら、ダメだ、レーア!」
ディバートはそれでもスカートを詰めようとするレーアを止めた。
「いいじゃん、別に! 私の勝手でしょ?」
「パルチザンは遊びじゃないんだ。動き易いように作られている制服をいじらないでくれ」
ディバートは火照る顔を冷ましながら、レーアに言った。
「わかったわよ。つまんないなあ」
彼女は不満そうに呟き、
「この喪服、どうする?」
「奥にクローゼットがある。そこに掛けておいてくれ」
ディバートは頭に手を当てて答えた。レーアは奥の部屋へのドアに近づきながら、
「後でこっそり売らないでよ。私が着ていた喪服なら、高く売れるとか言って」
「そんな事するか!」
ディバートはカチンと来て怒鳴った。
翌朝、連邦ビルの隣にある警備隊本部の大会議室に、ザンバース派の幹部達が集合していた。ザンバースが三十年の年月をかけて、少しずつ自分の派閥に引き込んだエスタルト派の者達である。もちろん、当初からザンバースについていた者もいる。
「司令官、あ、いや、総裁代理、今日の召集は一体何ですか?」
ザンバースの側近で、警備隊事務次官のタイト・ライカスと並ぶ実力者であるリタルエス・ダットスが尋ねた。スキンヘッドで顎髭を伸ばした彼は最初からザンバース派で、ザンバースの信望が厚い。
「急進派の連中の徹底弾圧を決行する。そのために諸君に新しいポストに就いてもらいたい」
「新しいポスト?」
鸚鵡返しに言ったのは、マルサス・アドムという、幹部の中で最年少の男である。右眼を病気でなくして、眼帯をしている。ザンバースは一同を見渡し、
「ライカスが発表する。後で辞令を受け取るように」
「はっ!」
幹部達は敬礼して応じた。ライカスが立ち上がり、書面を読み上げる。
「リタルエス・ダットス。帝国軍司令長官」
「えっ?」
一同は仰天してザンバースを見た。ザンバースはニヤリとして、
「もちろん、帝国軍が組織されているのは、極秘だ。国民に知られるのはまだ早い」
ライカスは続ける。
「マルサス・アドム。帝国人民課担当」
「はい」
マルサスはザンバースを見て返事をした。
「ミッテルム・ラード。帝国情報部長官」
禿げ上がった頭に、頬髭と顎髭を生やした男が返事をする。
「はい」
ライカスは書面を捲り、
「ヤルタス・デーラ。帝国破壊工作部隊司令」
「はい」
髪をハリネズミのように逆立てた若い男が返事をした。彼はマルサスの次に若年だ。
「ドードス・カッテム。帝国反乱分子暗殺団首領」
「はい」
髪を真ん中からピッチリと分けた、口髭の男が答えた。
「エッケリート・ラルカス。帝国科学局局長」
長い前髪を掻き揚げて、その男は答えた。
「以上。そして私は、帝国補佐官である」
ライカスはそう言い添えると、着席した。
「諸君も知っているように、私の最終目標は、地球帝国の復活だ。しかしそれはあくまで極秘。我々の動きを知る者は一人残らず抹殺する」
ザンバースはそう言ってからドードスを見て、
「早速君に動いてもらう。赤い邪鬼と名乗る反連邦過激派を捏ち上げ、急進派とエスタルト派の連中を抹殺するのだ」
「わかりました。しかし、閣下、国民が納得する方法を採りませんと……」
ドードスは神妙そうな顔で言った。ザンバースはニヤリとし、
「もちろんその点に抜かりはない。ミッテルムは表向きは連邦警察の署長だ。赤い邪鬼の捜索を、全力を挙げてやってもらう」
「ははっ」
ミッテルムもニヤリとした。ザンバースは続けた。
「取り敢えず今日は以上だ」
一同が立ち上がりかけると、ザンバースは、
「ああ、それから、この会議室での私の呼称だがね」
「はい」
全員が緊張の面持ちでザンバースを見る。
「大帝。大帝だ。わかったな?」
ザンバースは全員を見渡して言った。
「はい、大帝」
幹部達は口を揃えて答えた。ザンバースはそれを聞き、満足そうに頷いた。
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