第二章 その一 エスタルト・ダスガーバンの葬儀にて

 地球連邦の国民のほとんどが、エスタルト・ダスガーバンの死を悼んだ。

 三十年の長きに渡り、然したる問題も起こさず、連邦政府を動かして来たその政治手腕は、どれほど口の悪い政治評論家をもってしても、誉め讃えざるを得ないものであった。

 総裁の任期は七年であるが、何れの選挙もエスタルトの無投票再選で、国民の信頼は絶大だった。

 これだけの存在のエスタルトをその手にかけたザンバースは、一体これからどうしようというのか?

 連邦ビル前の中央広場で、エスタルトの国葬が執り行われていた。出席者は数千人に達し、会場は物々しい警備が敷かれている。

「私も、連邦制施行以来三十年間、兄エスタルトと共に苦難の道を歩んで来ました。エスタルトは我らの父であるアーベル・ダスガーバンを皇帝の座から追放し、民主主義、共和主義に基づく地球連邦を創立しました。それは、地球中の人々が待ち望んだものでした。私も全力を挙げてエスタルトを補佐して来ました。しかし、人はいつかは死ぬもの……。それにしても、これ程までに突然の死で逝ってしまうとは、私は夢にも思いませんでした」

 巨大なエスタルトの遺影の前で、葬儀委員長であるザンバースが出席者に謝辞を述べている。

「皆さんも、エスタルトの死で大きな衝撃を受けた事と思います。しかし、ご安心下さい。彼の遺志は私が継ぎます。そして、彼の果たせなかったゆ夢を成し遂げます。それが彼に対する何よりの供養になると考えます」

 ザンバースは自分の本心を押し隠し、今は悲しみに暮れる弟を演じている。その事を知る者は僅かである。彼は兄の遺影に顔を向け、敬礼した。それに倣い、会場の周辺の警備に当たっている連邦警備隊の隊員達も、一斉に敬礼した。

 ザンバースは敬礼を終え、壇上から降りた。会場の最前列に、連邦政府の閣僚達が居並ぶ。その一番端に、喪服姿のレーアがいた。彼女は目を赤くし、涙を流していた。

(知らぬ間に、綺麗になった。そして、ミリアに似て来たな)

 ザンバースはレーアの姿に亡き妻を重ねた。彼はゆっくりと歩き出し、レーアの隣に座った。

「……我々にとって、かけがえのない存在でした。実にこれは悲しい事であり、衝撃であります」

 壇上では、地球連邦月支部知事のアイシドス・エスタンが弔辞を読んでいた。彼も目を赤くしている。

「……」

 レーアはとうとう耐え切れなくなり、席を立った。そして、そこから逃げるように駆け出し、会場を出てしまった。誰もがレーアの行動に驚いたが、咎める者はいなかった。

 レーアはそのまま中央広場を出ると、歩道を駆けて行き、ホバータクシーで家に帰ろうとした。

「きゃっ!」

 その時、彼女は後ろから腕を取られて、広場周辺にある林の中に引きずり込まれた。

「何するのよ!?」

 レーアはその手を振り払って怒鳴った。そして、その手の主を見ようと顔を上げる。そこには、見た事もない軍服姿の青年が立っていた。年はレーアより少し上くらいだろうか?

「誰なの、貴方は? 何でこんな事をするの?」

 レーアは喚き散らした。青年は彼女の手を押えつけて、

「俺の名はディバート・アルター。共和主義者だ。レーア・ダスガーバンだね?」

「そうよ」

 レーアは、彼ってば、ちょっとイケメンじゃん、と思ってしまう自分が情けなかった。そして、もう一度その手を振り払う。ディバートは肩を竦めて、

「噂通りのお転婆娘だな」

 レーアはその言葉にカァッと顔を赤くしたが、

「うるさいわね! 一体どういうつもりよ、私をこんなところに引っ張って来て!」

 ディバートがニヤリとしたので、レーアはギクッとし、

「ああ、まさか、私があんまり可愛いから、悪戯しようと思っているのね? 最低よ、貴方!」

「するか、そんな事!」

 ディバートはムッとしたようだ。

「一ついい事を教えてあげよう」

「いい事?」

 それでもレーアは後退りしながら尋ねる。

「エスタルト総裁との最後のお別れの時、お顔を見るだろう?」

「ええ。それがどうしたの?」

 レーアはディバートが何を言いたいのかわからず、イライラして来た。

「俺の仲間が、ちょっとした細工をした。君は君の親父さんと一緒に総裁の顔を見るんだ」

「細工って何? どうして一緒に見なくちゃいけないの?」

 レーアはディバートに食ってかかるように尋ねた。ディバートは苦笑いをして、

「総裁の顔に血糊を着けた」

「何ですって? どうしてそんな事をしたのよ!?」

 レーアはますますディバートに詰め寄る。ディバートはレーアの両肩を押さえ込んで、

「いいか、よく聞いてくれ。君の伯父さんは、発作で死んだんじゃない。殺されたんだ」

「殺された? 誰が言ったの、そんな事を?」

 レーアはディバートの手をもう一度振り払い、彼から離れた。

「誰が言ったのでもない。俺達が予測していた事が、遂に起こってしまったのさ」

「予測していた? 伯父様が殺されるとわかっていたっていうの?」

「ああ」

 ディバートはフッと笑った。レーアはその顔にカチンと来て、

「誰に?」

「君の親父さんにさ」

「……!」

 レーアは激怒した。次の瞬間、彼女はディバートの左頬を平手打ちしていた。ディバートは頬に手を当てて、

「俺を打(ぶ)ったところで、真実は曲げられない。君も、親父さんと伯父さんが仲が良くなかったのを知っているだろう?」

 レーアはその言葉にドキッとしたが、

「ええ。でも、殺してしまうほど仲が悪かった訳ではないわ。いつも伯父様が一歩退いて、パパに譲っていらしたから」

「そうだ。しかし何も、君の親父さんは、個人的な感情で総裁を殺した訳ではない」

「どういう事なの、それは?」

 レーアは身を乗り出して尋ねた。ディバートは口の中を切っているのに気づき、血を吐き出した。レーアはそれを見てビックリしたが、謝るつもりはない。

「つまり、地球を支配するためさ。それも、ザンバース・ダスガーバンは、アーマンとアーベルの二人が行った愚挙を繰り返そうとしている」

 レーアはキョトンとした。彼女はアーマンとアーベルが何をしたのか知っているが、ディバートが言おうとしている事がよくわからなかった。

「すなわち、帝政に戻そうとしているんだ」

「何ですって!? パパだって、帝国打倒をした一人なのよ」

 レーアはディバートが意味不明の事を言っていると思った。

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