第一部 戦いの始まり

第一章 その一 わがまま娘レーア

 地球連邦を建国した英雄の一人であるザンバース・ダスガーバンは、連邦警備隊総軍司令官の職に就いている。建国当時、まだ若干十六歳であったザンバースは、十歳歳の離れた兄エスタルトを補佐し、彼を支えて来た。そして、建国から一年が経った時、それまで鳴りを潜めていた旧帝国の残党達が、少しずつ息を吹き返して来て、地球各地で紛争を起こすようになった。

 絶対平和主義者であるエスタルトは、帝国崩壊と共に軍隊を全て解散させ、警察と海上保安隊とで治安維持に当たるように組織を改めた。それでは対処し切れないくらいに強大になった旧帝国軍を掃討するため、ザンバースは警備隊を創設するようにエスタルトに進言した。当初は渋っていたエスタルトであったが、連邦の要人が命を脅かされる事件が頻発したのを受け、遂にザンバースの提言を受け入れ、連邦警備隊設立を認めた。

 兄と弟の確執は、この時にすでに始まっていたと言ってもいいだろう。


「お嬢様、学校に遅刻なさいますよ」

 地球連邦の首都であるアイデアルの一角、高級住宅街の広大な敷地に建てられた城のような邸宅。その一室で少女は眠っていた。

 彼女の名はレーア・ダスガーバン。連邦警備隊総軍司令官ザンバース・ダスガーバンの愛娘。今年で十七歳。国立の高校に通っている。

「うーん、もう少し寝させて、婆や……」

 寝起きの悪さは筋金入りのレーアであるが、婆やと呼ばれたマーガレット・アガシムも昨日今日彼女と付き合い始めた訳ではない。その辺のやり方は、十分心得ている。

「ダメです。旦那様に叱られますよ」

 マーガレットはレーアの耳元で大声で言う。

「うーん」

 レーアはその攻撃から逃れるかのように、ベッドからゴロンと転げ落ちる。

「まあ、お行儀の悪い……」

 行儀作法を親から叩き込まれたマーガレットには考えられない起き方だ。

「ねぶい……」

 レーアはそのまま匍匐ほふく前進を始める。マーガレットは唖然としてその姿を見ていたが、

「ほらほら、きちんとお立ちになってください、お嬢様」

「ううん……」

 寝起きも悪いが寝相も悪い。どうしたらそんな風になるのかと尋ねたくなるようなクシャクシャの髪を振り乱し、レーアはピョンと立ち上がる。

「お嬢様、いい加減にしてください!」

 そろそろお説教タイムが始まりそうだと直感したレーアは、ダッと駆け出し、バスルームに飛び込む。

「おっはよう、レーア!」

 洗面台の鏡に写る自分に大声で挨拶する。ショートカットの黒髪を手櫛でササッと直し、バシャッと水を顔に叩きつける。

「酷い顔ねえ」

 そう呟きながらも、自分が学校では一番人気の女子なのを知っている。確かに美人だ。しかし、それ以上に人気者である理由は、警備隊総軍司令官の娘である事を全く鼻にかけず、クラスの誰とでも気さくに話すその明るさと天真爛漫さのおかげだ。だから、彼女は男女問わず好かれている。

「今日の一時間目って、化学だっけ。また寝ちゃいそう」

 クスクス笑いながら、部屋に戻ると、マーガレットは既にいない。レーアは今日も勝利したと思いながら、着替えをすませる。付近では一番可愛いと評判の制服だ。彼女のスカートは、規則より大分短めにしてある。


 いっぺんに何十人もの人々が食事できるくらいの大食堂。しかし、そこには、メイドが一人と、マーガレットがいるだけだった。途端にレーアのテンションが下がる。

「パパは?」

 マーガレットに尋ねる。

「旦那様はお出かけになりました」

 答えたのはマーガレットではなく、ダスガーバン家の執事であるケラル・ドックストンであった。

「まあ、ケラル。パパは何か急用?」

 レーアはケラルが好きになれない。いつも不意に現れ、丸っきりのポーカーフェイス。何を考えているのかわからないのだ。

「とにかく、お食事をお済ませくださいませ、お嬢様」

 マーガレットが口を挟んだ。レーアは仕方なく席に着き、食事を始めた。

(パパったら、今日は久しぶりに一緒にお食事できると思ったのに……)

 レーアは幼い頃に母であるミリアをうしない、ザンバースについて回っていた。根深いファザコンなのである。小学校に入学した当時も、ザンバースが恋しくて、学校を抜け出した事がたびたびあったほどだ。

「ご馳走様」

 レーアはほとんど食べ残して、席を立った。肩を落として食器を下げるメイドの気持ちなどお構いなしで、

「行って来まーす」

とバッグを掴むと、玄関へと駆け出す。

「お嬢様、走ったりしたら、危のうございますよ」

 マーガレットの言葉もどこ吹く風と、レーアは玄関を飛び出すと、車寄せの端に停めてある浮揚自動車ホバーカーに飛び乗った。

「急がないと、遅刻、遅刻!」

 化学の授業など何とでもなるが、その前のホームルームで顔を合わせる通称ヒス女史は、マーガレットの小言の比ではないのだ。とにかく、一日中落ち込むくらいの説教地獄になる。だから、ヒス女史が教室に来る前に滑り込むつもりだ。

「それーっ!」

 交差点でドリフトを決め、周囲の車を混乱させながら、レーアは高校へと急いだ。

「あれ、司令官閣下のお嬢さんじゃないか?」

 その交差点で交通整理をしている連邦警察の警官の一人が呟く。

「相変わらず可愛いけど、とんでもないお転婆だな」

ともう一人が応じる。


 レーアの通う高校は、ホバーカーでの通学は禁止されている。彼女は校門の手前でホバーカーを停め、茂みの中に隠した。

「よし、バッチリ」

 少しもバッチリではないのだが、レーアは会心の笑顔で走り出す。

「何とか間に合いそうかな?」

 広い校庭には、すでに誰もいない。少しは焦る状況なのだが、レーアは全く動じていない。

「余裕、余裕」

 彼女は校舎に飛び込むと、自分のクラスがある三階へと走る。エスカレーターを二段抜きで駆け上がる。多分、男子生徒がいれば卒倒しそうな光景である。

「セーフ!」

 大声で教室のドアを開き、中に飛び込むと、全然セーフではない現実が待っていた。

「レーア・ダスガーバン!」

 すでにヒス女史は戦闘態勢だ。怒る気満々である。

「は、はい!」

 レーアはドアの前で直立不動になる。ヒス女史はバンと教壇を叩き、

「貴女は今月に入って、一体何回遅刻したのですか?」

と尋ねる。知ってるくせに、とレーアは思ったが、

「申し訳ありません。何回かわかりません」

と恍ける。ヒス女史は呆れて、

「十二回目です。今日は二十日ですから、貴女はほとんど毎日遅刻しているという事です」

「はい」

 少しはションボリしてみせた方がいいかな?

「罰として、今日は居残りしてもらいます」

「えーっ!?」

 さすがにヒス女史と一対一で居残りはキツい。何か良い言い訳はないかと思案してみる。でも思いつかない。

「では席に着きなさい」

「はーい」

 レーアはガックリして自分の席に着いた。

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