第三章⑥

 午後一時前、約束の二十分前に控え室入りしていた陽目と綴町は、オーダーの設定を終えて最後の確認へと移っていた。

「――この試合、正直勝ち目はどのくらいあると思う?」

 試合前で神経質になるはずなのにもかかわらず、彼はそんな素っ頓狂なことを言い出した。それを受けた相方も、別段驚いた素振りも見せずに言った。

「それは『マネージャーカード』としてか、それとも第三者の視点か、どちらを求めていますか?」

「後者だ」

 迷いない申し出に、さすがの彼女も若干詰まる。されどそれも一瞬で、自分の意見を率直に伝える。

「……七、いえ、八‐二で分が悪いかと。そもそも、『チーム戦』ではほとんど防衛側が有利に立っています。何せ、球場の条件を自分で選ぶことができますから」

 彼女の言う通り、防衛側――『ランク戦』を除く――は試合を執り行う球場を選択する権利を得ている。球場の広さや天気、ドームの有無などを自由に決定できるのだ。これは錦守にとっては好都合で、ドーム有りの球場の場合『風神』のスキルは使えないデメリットを恐れる必要がないからだ。まず間違いなく、錦守が逆に攻め手の場合にはドーム球場が採用されるだろう。

 その時点で防衛側が有利と言えるが、この試合では戦力もあちらが上。客観的に見て、まず試合を挑もうなどという意思は生まれないはずだ。

(とか何とか、向こうが侮ってくれていたら少しは楽なんだけどな……)

 そう上手く事は運ばないだろう。人生がもっとイージーモードなら、陽目は今頃Sレアに囲まれて野球をしているはずである。

 綴町の端的な回答に、言いづらいことを言わせてすまないという謝罪の念を我慢――それを彼女は望んでいないだろうから――して、代わりに感謝を口にする。

「そうか、ありがとう。なら勝てる可能性は単純計算で二割程度はあるということだな」

「――――はい。その通りです、マスター」

 彼の返しに、彼女は嬉しそうな顔をして同意する。ここまで来て負けるつもりは毛頭ないのは、二人とも同じなのだ。いかに絶望的であろうとも、決して勝ちの目を捨てない。

「あとは、どんな球場設定にしてくるか、だな」

「相手のメンバーから考えて、間違いなくドームは無しにしてきます。広さはそこまで拘ってこないでしょうが、立地は浜風のある海沿いを指定してくるかもしれませんね。あとは――――」

 と、彼女が言い終わる前に、転送一分前を知らせるアナウンスが入る。なし崩し的にその話は終了してしまい、試合開始が迫る中で二人は互いに握り拳を作った。

 二人の視線が交錯する。

「ではマスター、この試合全力を尽くしましょう。――貴方に、神の加護がありますように」

「神は神でも、『風神』の加護はいらないな」

 コツン、と以心伝心するための簡易な儀式が終わると共に、二人の身体を淡い光が包み込む。

 ――――転送が、始まる。



 転送先でまず目にしたのは――――ザーッと降りしきる雨だった。

「これは……ッ!」

 そうきたか、と陽目は無意識下で下唇を噛んだ。事前に考え得た最悪のシチュエーションだった。

 『雨』――悪天候によりだいたいの選手のステータスが低下してしまうのである。敵味方関係なく、対抗し得るスキルやシリーズでないと打ち消すことはできない。中には悪天候によってパラメーターが上昇する選手もいる。

 たとえば相手チームであれば、近衛一本はパッシブスキルの【鋼の意志】の恩恵でステータス低下を受けず、『エレメント』シリーズである『風神』シルヴィア・アレクサンドラもまた同様に低下しない。主力二人が雨に強いというのなら、確かに雨デッキ――雨に強い選手で固めたオーダー――は有効だ・

 一方で陽目陣営には際立った抵抗スキルを持つ選手はおらず、中でも『アイドル戦士』に至っては運以外のパラメーター全てが二段階も低下するのだ。こうなっては、早くも控え選手と交代させるほかない。――この時点で陽目は手札を一枚失ったことになる。

(参ったな……。可能性の一つとして挙げていたけど、そこまで対策が取れるわけでもなかったからあまり考慮しなかったが……、これは雨に強い数少ない選手が鍵になりそうだな)

 問題点はまだあった。雨天での守備は晴れとはかなり勝手が違う。それに対する陽目の対応力が問われるのだ。いつもと同じようなプレーをしていては、必ずどこかで綻びが出る。

 このような球場設定にした錦守は当然、この雨中での練習を積んでいるだろうし、僅かなズレが致命傷となりかねない。手の内を晒したくないからと、試合前ノックを拒否したのが痛く響いた形だ。

 今も九頭竜坂が投球練習を行っているが、どうしても陽目との同調に違和感が生じている。その隙が広がらないうちに、修正していくしかない。――それも、相手打者と対戦しながら。

 既定の投球数を投げ終え、相手の一番バッターが打席に入る。九頭竜坂は尻ポケットに入れてあるロジンバックの粉末を指先に付着させる。ボールが滑りにくくするためだ。

「――――プレイボール!」

 球審の合図と共にそれを知らせるサイレンが鳴り響く。

 ――絶望の雨の中、試合が始まった。

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