第二章⑦

 相手チームのメンバー表に目を通した陽目は、ふむと顎に手を当てる。

(単純にステータス面で見るなら戦力差はなさそうだな。いや、控えの質もあるから九回通して戦うと違うんだろうけど、ともかく大差で負けるなんてことはないだろう)

 大名寺陣営は上位にも下位打線も明確な穴がないように組まれている。無論、陽目側も同じコンセプトを持ってオーダーを組んだのだが。それでも、打線の質は向こうが一枚上のはずだ。――何故なら、あちらにはSレアが三番打者として座っているからである。同じSレアの九頭竜坂のような投手兼任の中核ではない、比類なき強打者が。

 今も綴町に『マネージャーカード』の権限でデータベースにアクセスしてもらって、Sレア野手・近衛一本の情報を探してもらっている。有名なカードであればあるほど、他の監督たちが有志で形成している情報版に乗っている可能性が高い。あのステータスだ、それなり以上に名は通っているだろう。

 きっと大名寺さんも九頭竜坂のことについて調べんだろうなあ、と考えていると、綴町がパッと顔を上げて言った。

「ありました! 近衛一本、かなり高値で取引されているカードみたいですね。高く見積もって五千万、安くても三五〇〇万もの価値があります!」

「お金から離れて離れて。……で、スキルとかの情報は?」

「アクティブスキルに関しては触れられてはいませんでしたが、パッシブの方にはありました。――【鋼の意志】。それが、あのカードが高く売れる理由らしいですね」

 彼女の言葉に耳を傾けながら、陽目は顔を上げて前を向く。現在グラウンドでは『大名寺エンジェルズ』の試合前ノックが行われていた。これは監督が感覚を思い出せるようにとの配慮である。彼はその守備陣の中でも、やはり件のSレアに目を尖らせていた。

 軽快なフットワークに見合わぬ堅実な守備。高い守備力と敏捷にものを言わせた広い守備範囲の持ち主で、肩も強いから滅多なことでは内野安打など生まれないに違いない。

 綴町もその選手に視線をやりつつ説明を続ける。

「……ごほん。【鋼の意志】は『試合中、バッドステータスを高確率で半減または無効化する』というものです。天気や相手スキル――ステータス低下をもたらすものの一切に効果が働きます。パッシブなので、これは基本永続ですね。……まあ、もっと上位の妨害スキルだと上書きできるんでしょうけど」

 レアではあまりお目にかかれないが、こと試合に限ってはコンディションにより低下を引き起こすものがあるのだ。例えば解りやすいもので言えば、『雨』の中での試合ではステータスが低下する選手もいる。彼の選手だと『アイドル戦士』なんかがそれに該当する。反対に特定の状況下でステータスが上昇する選手もいるのだけれど。

 ただ、Sレアともなれば複数あるスキルの中で、妨害系統のスキルを持っている者は大して珍しくなくなる。それに対応できるのだから、Cランクまでの監督には人気が出るだろう。

 そんな高位Sレアを目の当たりにして、二人ははあ、と悩ましいため息を吐いた。

「「いいなあ……、あの選手」」

 きっと、言葉の外観は同じでも中身は違うのだろう、と二人は当然の如く理解していた。陽目は『操作してみたい』という、綴町は『金がぶら下がっている』という。いかに彼女みたいな金の亡者と言えど、現状の陽目の戦力を見て売ろうとは考えないだろうが。――多分。ぶっちゃけ相場以上で売りつけて代わりにSレア複数手に入れてきそうではある。

 とはいえ、今日の球場状況は至って普通で、『天候:晴れ』『ドーム:無し』『立地:市街地内』『昼夜選択:昼』『球場の広さ:両翼九十九メートル、中堅一二〇メートル』である。広くもなく狭くもなく、かといってコンディションに特筆すべき点があるわけでもない。こうなれば実力差が結果に直結するだろう。

 間もなく大名寺側のノックが終了する。自分の番が回ってくる前に、陽目はベンチ後列に座っている綴町の方を振り向かずに尋ねた。

「客観的に見て……、勝てると思うか、この試合?」

「……いえ、勝機は十分にあります。打線では向こうが上でしょうが、投手は間違いなくこちらが上です。野球は投手、と言われますし、こちらが有利だと思われても的外れではありません」

 よほど監督の技量が高くなければ、レアがSレア投手を打ち込むなど、正攻法ではまず無理だ。ボールに慣れてくる終盤ならともかく、序盤ならパーフェクトピッチングをしてもおかしくない。

 だが、九頭竜坂の場合は直球一本で押さえ続けなければならないのだ。いかにマシンとはかけ離れた圧力を誇る彼女の直球とて、油断のできる力量差ではない。特に打者三順目からは要注意だ――何せ相手は、『スタジアム』にその名を轟かせた、大名寺蓮華なのだから。そこらの手練れとはわけが違う。

 パン、と彼は軽く頬を叩き意識を切り替え、練習時間交代のアナウンスに促されてグラウンドへと出て行った。



 互いに試合前練習を終えた二人は、一旦選手たちを【帰還】させ、ベンチの前へと出て帽子を取って整列する。共に『マネージャーカード』を隣に据えて、自チームで製作したユニフォームで身を包んでいる。大名寺らは赤の長袖アンダーシャツに上下白のユニフォーム。そして胸には『ANGELS』と青色のロゴが振られている。一方で陽目は練習用の真っ白で何の装飾もないそれだった。何せチーム名も決めていないのだから、ユニフォーム決めなどさらにだろう。

 視線をあっちこっちにやって見比べたらしい綴町は、締まらないなあうちのマスター、と呆れ返っている。いつも心労かけてすまん。Gランクに挑戦する前までにはちゃんと設定するから、と心の中で言い訳しておく。口に出したところで「はいはい」と流されるのは火を見るよりも明らかである。

 代わりに、陽目は己の決意を口にする。

「綴町」

「はい」

「――この試合、勝つぞ」

 不意に向かい側にいる大名寺と目が合った。平生の笑みはなく、真剣そのものの眼差しに彼は身震い――武者震いする。

 予め定められた時刻になり、機械的な音声が球場内に響く。

『――それでは、定刻となりましたので、両監督ともに選手を【召喚】してください』

 それに従い、陽目と大名寺はほぼ同時に、設定しておいた選手カードを呼び出す。声が重なる。


「「――――【召喚(サモン)】!」」


 これから何百回と唱え続けていくであろう言葉の直後、両軍合わせて十八人の選手がグラウンドやベンチに姿を現した。ついに始まる――陽目にとって待望の一戦が。

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